詩的日記

ホワイトサンズ国定公園の白砂漠、見習い芸術家の冒険18話

9月9日(月)

  相変わらず曜日の感覚はないが、今日は月曜日だ。冒険旅行に余り曜日は関係ないのだが、町がフル稼動してくれるのは助かる。モーテルにもう1泊泊まるよ、と言っておいて外に出た。ツーリストインフォメーションセンターで聞いてみたが、やはり思う通りの交通手段はなかった。アメリカの観光地というのはどこもこういうものなのだろうか。今まで見てきた国立公園も、ほとんどが個人の車で移動することを前提にしているような所が随所に見受けられた。僕のような未成年の冒険者にとっては辛い環境ではある。

  地図やパンフレットをもらってレンタルバイク屋に向かう。あぁ、やっぱり僕にはこれか。10時の開店と同時に入店する僕。1日15ドルだから標準的な料金かな。明日のバスは朝10時発なので朝9時に返しに来たい、という希望もOKしてもらえたので嬉しかった。

首尾は上々、と笑う僕が支払いに100ドルのトラベラーズチェックを使おうとすると、お釣がないとかでかなり待たされる。何だか銀行にも電話していたようだ。田舎の町ということもあって100ドルのはさすがに警戒されるのかな。その後、渡されたお釣を見て僕はびっくりした。何と、10ドルが1枚と5ドル札が5枚、そして残りは全部1ドル札なのだ!こんなの見たこともないね!「ちゃんと数えてくれ」と言われて、素直に一枚一枚数える僕。サイフが随分厚くなった。でも、これだけの条件が合った店だ。ここは笑い飛ばして受け入れよう。

  良く見ると、マウンテンバイクには鍵がない。いざ乗ってみると格好も良くない。日本のTハンドルみたいで、車体は小さく、足を伸ばすには狭くてスピードも出ない。まぁ、今日だけの付き合いだ。目的さえ達せられるのならば、それでも善しとしようではないか。

  道端の店で煙草を買うと、久しぶりにIDの提示を求められた。東洋人は珍しいからかなぁ。さぁ、これで用意が整ったぞ。今から今日は冒険だけのための時間だ。僕の栄光の時間。待ちに待った瞬間だ。さぁ、出発しよう、ホワイトサンズ国定公園への冒険旅行に!

  ひたすらマウンテンバイクをとばす。町中を抜けて、真っ直ぐの道を進み続けた。走り出してすぐに、これは帰り道がハードになるぞ、と思った。乾燥地帯にただ車道が走っているだけで、アラモゴルドから離れると店もないし、暗くなってしまったらドライバーに気付かれないこと間違いない。轢かれる可能性も考えられる。これは恐怖だ。早く帰るのは無理だろうから、帰りは相当の覚悟が必要だな。

この辺りの陽射しはさすがに強かった。ただ、それもほんの15マイル、24kmだけだ。イエローストーンで350kmを走破したこの僕にとっては遊びのようなもの。久々の運動だし、僕は元気だった。1時間程飛ばし、アメリカ空軍の基地を通り過ぎた頃、遠くに白い大地が見えてきた。

  アラモゴルドから走ること1時間10分、僕はホワイトサンズ国定公園の入口に到着した。ここはホワイトサンズ国定公園、白い砂丘だ。乾燥地帯に突如現れるこの不思議な芸術品は、一体どうやってできたのだろうか。その歴史をさかのぼれば、約2億5千万年前にはここもカールスバッド付近と同じく海だったという。当時の海底に積もったプランクトン等が変化して今のこの白い砂となった。

もう少し詳しく説明すると、プランクトン等の堆積物は石膏となったが、7千万年前ごろのロッキー山脈の造山運動でこの一帯も隆起した際に石膏も押し上げられた。石膏の固まりは一千万年前に崩れ、盆地ができた。それがこの一帯だ。石膏は溶けるので、ここのような砂となることはまずないのだが、この場所は特殊だった。周囲の石膏の固まりに降った雨は石膏を溶かし、この盆地に流れた。普段であればこれが川から海へ流れて終わるが、この盆地には川がなかった。この盆地にたまった石膏は川でなく湖に集まり、水中に溶けたが、しだいにこの湖から水分が蒸発していった。そして、水中に溶けていた石膏は結晶となり、気温差や湿度差などによって砕かれ、砂状の粒子となった。白い石膏が砂状の粒子となれば、それは白い砂漠の完成だ。こうして、ホワイトサンズという不思議な芸術作品が誕生した。

  この白い砂丘は南西からの突風によって今も少しずつ北東へ移動し続けている。カールスバッド程時間の芸術性をひしひしと肌で感じることはなかったが、ここもまた、大変な時間の積み重ねが美しさを創り出した場所なのだ。この芸術品は偶然の環境の賜物。特異な自然が産んでくれた、砂漠の旅人。砂漠を旅する人ではなく、旅をする砂漠なのだ。すると僕は、旅をする砂漠を旅する人間、というややこしい説明になってしまう。ここの偉人もまた常人ではないはず。さぁ、この希な偉人の芸術を前に、この見習いの芸術家はどんなストーリーを創り上げてゆくのだろう。

  まずは恒例になった入口の看板での記念写真を撮る。セルフタイマーをたき、一人で盛り上がって撮っていた。さぁ、最初の仕事もしたし、次からが本番だ。

  これからこの猛暑の白砂漠をマウンテンバイクで走破するのだ。既に気温30は超えている。なにしろ砂漠の中だ、どのぐらいの暑さになるのか見当もつかない。大事を取って少し休憩を取り、体調を万全にすることにした。

はやる心はもう白い砂を駆け巡っている。しかし、ここは慎重にならないといけない。ここの自然は恐怖が集中しているのだ。一旦身体のコントロールを失ってしまったら、出口までマウンテンバイクを漕ぐことはできないだろう。勝負は一回きりだ。もしもその勝負に失敗してしまったら、僕は致命的な傷を受けることになる。これは賭けだ。危険な賭けだ。

これからまた未知の世界に入るよ。イエローストーン国立公園~ソルトレイクシティ~デンバー~ロッキーマウンテン国立公園~エルパソ~ファレス~カールスバッド国立公園~そして、これからその冒険旅行にこのホワイトサンズ国定公園が加わる。築き上げる僕の冒険物語を、ここでまたひとつ増やすことができるのが嬉しい。

まだまだこれからも目的としている冒険地があり、時間も2週間残っている。引き続き冒険の中に身を置くことができることの幸せ!出発前、僕の目指した冒険旅行は今の所、実に順調に進んでいる。順調どころか、思ってもみなかったぐらい感動の連続だったように思う。なんと僕は恵まれているのだろうか。

さぁ、呼吸も整った。ここでも思い切り冒険をさせてもらおう。入園ゲートで入園料2ドルを払った時、リストに名前や住所を書かされた。「マウンテンバイクでここに入るなら、帰りには必ずここに寄って無事を報告して下さい」とレンジャーの人に言われた。そうだよね、こんな場所にたった一人、マウンテンバイクで入るような人間はクレイジーだ。あなたがた管理する側からすればこんな迷惑な話はないよね。一方で、そうして気遣ってくれることは嬉しい。はい、是非書かせていただきます!

  入口からしばらくはごく普通の道だ。しかし、間もなく白い砂漠がその妖しい姿の全容を現した!植物も生えない不毛の砂漠かと思いきや、この辺り一帯にある低木がちゃんと白砂の上にも生えていた。すぐにトレイルに当たったのでマウンテンバイクを乗り捨て、僕は遂に白い砂漠を踏みしめた!

  まだ入口付近だし、見渡す限り四方が白い砂漠という風景ではないが、砂紋の美しさには目を見張る。僕は、膝をおって白い砂に触れてみた。砂が白いだと――。かつて、僕にそんな常識があっただろうか。僕には、白い砂をこの世の中の事実として受け入れるだけの心の余裕があるのだろうか。僕は白い砂をすくってみる。――あぁ、間違いない。疑問をはさむ余地はない。これは事実だ。ホワイトサンズは本当に白い砂漠だ。

  雪が降り積もった丘。丘陵の優しい線を、雪の白さが強調する。あぁ、僕が感じているのは砂漠の暑さか、それとも雪の寒さか。

混乱するのも無理はない。後ろを振り向けば日常の乾燥地帯が見えるが、この奥に見える景色は白い丘しかないのだから。おぉ、あの白いものは何だ?指で今触れているのは確かに白い砂に違いはないが、あっちの白いものは雪かもしれない。そう、あっちは雪かもしれないのだ。

  なんとも美しく、なんとも妖しい芸術作品。それがホワイトサンズだ。幻惑の魔術を使う在野の偉人に違いない。

     美しい白い大地は人を拒む

       とらえどころのないその姿は情熱というより磨き上げられた才能だ

                       ~ホワイト・サンズ~

  この言葉は「美しいもの=優しいもの」という僕の勝手な先入観を小気味良く壊してくれたホワイトサンズの厳しい自然条件から詠んだものだ。ホワイトサンズに同居し、そして上手に両立していた美しさと暑さがそれを教えてくれた。また、ここは時間をふんだんにかけた芸術であると知っていても、表面に出ているこれだけの美しさには、時間の芸術というよりも、才能という言葉がよく当てはまると感じていた。僕にとってこの場所は、個人の能力を厳しく要求している実力主義の象徴だと映ったのだ。

  時に砂漠の気温は35、風も強くてマウンテンバイクを走らせるにはかなり辛い状況だった。サングラスと帽子は絶対に欠かせない。――暑い。たまらなく暑い。涼風は少しも吹かず、身を枯れされようとする太陽光線と熱風だけが僕に注がれる。

僕は最初のトレイルを過ぎて、更に白い砂漠の奥へと向かっていた。僕の他にマウンテンバイクで来ている人間などいない。また僕はストレンジャーになってしまったね。みんなの期待を一身に受けるストレンジャーだと信じよう。みんなから「オマエならできる!」という声にならない声援を背中に受けていると思い、僕は無言の内にも力強く進んでゆく。

  あぁ、駄目だ。さすがの僕でもここでのサイクリングは限度があるぞ。入口ゲートから数十分も走るとTシャツは汗にまみれ、脱いで絞ってみれば滝のように汗が落ちた。息は上がり、通常の倍の水分を必要とした。最大の敵は天から容赦から降り注がれる陽射しだ。

しばらくは気力で耐えることもできたが、木陰の休息が不可欠だと悟った。木陰のベンチを見つけて、僕はたまらず駆け込んだ。帽子では防ぎ切れないぐらいに激しい熱の光線。僕は真剣に思った。この環境の元で走り続けていたら、心は折れなくとも先に身体がダウンしてしまう。――僕は、美しく、恐ろしい罠にかかってしまったようだ。もうこのホワイトサンズからは逃げることができないのか。僕はこの美しい白砂漠の餌食になってしまうのだろうか。

  突然、凄いスピードで雲が現れ始めた。大雨になるかもしれない色をしている。加えて、突風まで吹きつけてきた。吹き荒れる風に白い砂が飛び散る。灼熱の砂漠から、夜の極寒の砂漠へと一気に変わりそうな気配を感じた。僕は手を打って納得した。これが、砂漠を動かす風か!この風でホワイトサンズは旅をするのか!

燦燦と照りつけていたあの太陽の世界はどこへ行ってしまったのだろう。サングラスと帽子は陽よけから風よけに変わった。木に立てかけておいたマウンテンバイクが倒れてしまうくらいの突風が吹き付けてくる。何だ、ここの在野の偉人は。今までの偉人たちとは違い、僕を素直に受け入れてくれない。彼は相手の真価を見極め、落第したヤツにははっきりと受け入れを拒否する方針なのだろうか。僕は落第してしまったのだろうか。あぁ、それにしてもプラスとマイナスの武器をもの見事に使い分ける偉人だ。それでいて怪しいぐらいまでに美しい。あぁ、ここの在野の偉人は何というヤツだ!

  事態はどんどん悪化してゆく。突風は止まない。雲が出てきているのだが、太陽は権力者の強みをみせ、雲の膜を突き破って地上へ灼熱を降り注ぐ。暑い上に突風、これでは一歩たりとも動けないぞ。

僕にはたっぷり時間がある。ここまで来たのだから、黄昏時のホワイトサンズはなんとしても見逃すまい。ホワイトサンズの黄昏の美しさは相当なものらしい。一日に生まれたばかりの朝方は真白で、活動する昼間には太陽を受け真紅に、そして一息をつく黄昏時にはオレンジ色、夜には再度白へと戻ると聞く。この砂漠が身体の色を変える魔術を是非とも見てみたい。この季節、黄昏は7時30分ぐらいになるそうだ。僕はそれまでここにいるつもりだから、かなり時間がある。ここはひとつ、言葉を詠みながら突風を無視してみるのも面白そうだ。

         白砂に残した僕の足跡が 折からの突風に消し去られてゆく

           帽子をつかみ 顔をふさぎ 涙をこらえる

         また初めから築きあげるのを強いるのか

         また一人で始めねばならないのか

         さぁ、風の音にその訳を見つけよう

                             ~ホワイトサンズの突風~

  少し前に刻み付けた僕の足跡が風にかき消される姿をぼんやりと眺めていた。

――足跡は、短くも短いなりに精一杯生きてきた僕の人生。それがこの風にかき消されている。どんな太陽の照り付けにも隠さなかった顔を、この風だけには隠す僕。風は太陽よりも力がある存在なのだろうか。風。こんな風を僕は知らない。

ここでは、これまでの僕には考えられなかったことが続く。今は先に進めないのだから、少しばかり自分を否定されることにも甘んじてもいいのではないか。いっそ、どこまでも風に打たれてみよう。

  この白い砂には形が無い。この突風にも形は無い。形の無いもの同士が互いにぶつかり合い、形を歪め合い、そしてどこかへ移動して行く。これはマジックだ!形の無いものと形の無いものがぶつかり合うと、お互いの形を変えてしまった。元々お互いに形が無いのに、お互いの形を変えてしまった。言葉にすれば、ナゾナゾみたいになってしまう。

あぁ、形の無いものは最強だ。背水の陣をひいたかのような鬼気迫る覚悟と意思の力を感じる。偽りだらけの飾りの中に真実を隠してしまえば、端からは見つけられにくいもの。深い悲しみを、どうでもいい小さな悲しみの波に流して、自分の涙を誤魔化してみる。この風からはそういう姿が想像できる。そういった非常な覚悟を持って生きるのが無形の存在であり、無形の強さだと知った。

  僕自身のことに考えを向けた時、僕のこれまでの人生にも形は無いことに気付いた。内容に乏しいので形が無いと思った訳ではなく、言葉のそのまま、形が、証拠がない。いつどこでこんな突風にかき消されてしまっても不自然なことではないと知った。いや、それどころか今までの人生にはそもそも意味がなかったのだとすら僕は思い始めていた。

  ――目が覚めて。いや、そんなことはない!確かに、僕の今までには意味がある。

  ──目を閉じて。いや、そんなことはある!やはり、僕の今までには意味が無い。

  2つの道に迷った時は、空を見上げてみれば答えは出る。つまりは、どちらも正解なのだから。気の持ち方ひとつで陰と陽は反転する。この白い砂漠が瞬時に姿を変えたように、白黒をひっくり返すのは一瞬で事足りる。強い信念さえあれば、決めつけられたことも必ず払い除けられる。現実と幻想が混在するこの白い砂漠で僕はひとつ学んだ気がした。

――この世は無形で、有形だ。自分の考え方ひとつで命が輝くし、また、命を断つこともできる。全ては自分次第だったのか。

  僕は再び意識を取り戻した。ふと、辺りは涼しくなっている。風もだいぶ弱くなってきていて、このぐらいならマウンテンバイクも進むだろう。じっとしていることに飽きた僕は再度、マウンテンバイクを漕ぎ出した。

  奥へ進むと、美しい白砂の丘の景色が続いていた。空には鈍い白雲。四方を囲むのは白い砂漠。遠くの山影だけが色を持っているが、それ以外で視界に入るのは白色のみだ。

ふと、僕はこの景色の終わりを見てみたいという衝動に駆られ、マウンテンバイクを乗り捨てた。白い砂山を駆け上がり、遠くを探してみる。あぁ、そこには見渡す限りの白い砂漠。それ以外に何もない。

もっと奥に行ってみたい。白い砂漠の尻尾を見つけ出したい。このままどこまでも続く白い砂漠を見せつけられていては、現実の世界に戻れないような気がしたのだ。白い砂漠の終わりの部分を見れば、僕はこの幻を現実のものとして理解できるだろう。僕は更に奥へと進んでいった。

  しばらくすると、マウンテンバイクを下り、白い砂漠の上に腰を下ろしてぼんやりしている僕がいた。あれから僕は随分先に進んだ。しかし、白い砂漠はどこまでも続いている。もう、諦めたよ!ここはとんでもない非現実の空間だ。空を占領する白い雲と、地上を占領する白い砂は、僕から距離を離れると互いに混じり合ってひとつに溶けてゆく。一体ここでは地上と上空との境界線はあるのだろうか。

そんなことを思い、ぼんやりしていると少し離れた車道からレンジャーに注意された。マウンテンバイクは砂の上に上げるな、ということだった。なんだかこれが凄く現実的な言葉に思えて、いつもの自分自身を取り戻したと思った。そんなルールがあることを聞かされ、申し訳ない、とすぐに降ろした。

  写真を沢山撮った。こんなに美しい場所だ、傑作と呼べるたった1枚の写真でいいから欲しい。他人の残した写真ではなく、自分自身で撮ったのだという記憶が残る写真が欲しい。それさえあれば僕は自分の記憶と重ねて残し、ホワイトサイズを一生愛でて過ごせるのだから。たったの1枚、偶然でも撮れればそれでいい。数さえこなせばきっとそれなりの物が残る、と信じよう。今までの場所でも、そう信じてやってきた。僕はセルフタイマーを駆使して、一杯一杯撮りまくった。僕が目にしたこのホワイトサンズの美しさを、せめて一枚の写真でいいから一生残したいんだ!

  すっかり涼しくなった白い砂漠を更に奥へ進んでいると、人気のない場所に出た。ここなら静かに黄昏を迎えられることでしょう。黄昏までまだだいぶ時間があったから、僕はどこか落ち着ける場所を探していた。ここは車道の終着地で、そしてトレイルロードの入口でもあった。

砂漠にあるトレイルロード?!そんな恐ろしいトレイルなんてないだろう。ちゃんと道や方向が分かるようになっているのだろうか。道に迷ってしまったが最後、生き逃れる術のないトレイルだろう。入口にはトレイルに踏み入れる人に必ず書いてもらうことをお願いしてあるノートがある。これは最低限必要なことだろう。僕もしっかりと名前や入った時間を記入しておいた。これが外界と繋がっている唯一の糸。こんな細い糸だけで、あとは己の体力が全てとは、やはり恐ろしいトレイルだ。

  白い砂漠のトレイルを遠くまで歩く気にはなれないよ。砂の上に道が書かれている訳でもないし、奥へ歩いたとしても何がある訳でもない。僕は入口からちょっと歩いただけで、もういいと思った。静かな場所を見つけ、どっかりと腰を下ろした。

そんな何もない場所で僕は一体何をしているか。きっと君は僕にそう聞いてみたいと思うことだろう。僕はね、メモ帳とペンさえあれば何時間でも過ごせる男なのだよ。僕の五感が得た情報、それは一体僕にどんな教訓を伝えようとしているのか。その謎を言葉にする作業は最高の喜びだ。

何故僕はそれを言葉にしたいのか。自分が生きている、という事実の裏付けとなる証拠を手に入れたいと僕が心から願っているからだろう。昔からそうだった。僕はどうして生きているのかが分からなかった。

無形のものに形を持たせ、誰の目にも瞭然なものとすれば、それに永遠の命を吹き込んだことになるのは知っていた。ここでもそうすればこのホワイトサンズの一瞬も儚いゆめ物語ではなく、永遠に滅ぶことのない確固たる物語とすることができる。そして、その物語を創り上げた時、間違いなく僕も生の実感を得ることができる。それがここ数年の僕を走らせる考え方だ。僕は何のために生まれてきたか、それは分からない。分かるのは、この世界に何か僕の印を残さねば死んでも死にきれない、という心の叫びぐらいなものだ。

  太陽はすっかり雲に隠れてしまった。いつしか風もなくなり、ホワイトサンズは日中が嘘のように静まり返っている。夜は何も存在しないゼロの地点から始まり、朝から昼にかけて一気にプラスの階段を駆け登り、そして夕方になると階段をまっ逆さまに落ちて行く。極端過ぎるのだ。ある程度の中間地点で落ち着けばいいのに、容赦なくマイナスとプラスの地点を一日で往復する。ホワイトサンズのその落差は余りに激しい。そんな激情を飲み込むあなたは最高の偉人だ!

  僕は言葉を詠み続けていた。白い砂漠の上で、ひたすら言葉を書き続けていた。時にはよそ見をして、砂の上を歩く虫に白砂の固まりを投げつけていたり、裸足になって柔らかな白砂の上をはしゃいで走って砂漠の体温を感じたりもしていた。妥協を許さない白砂漠の、自分への厳しさを学びたい。僕は今、時間の許される限りホワイトサンズが何故そこまで自分に厳しくするのかを読み取ろうと思っている。

  僕はひたすら「その時」が来るのを待った。そう、この白い砂漠が、紅い砂漠になる時を。黄昏の気だるい陽を浴びて、この白砂漠が色を紅に変える瞬間があるという。想像するだけでゾクゾクしてくるね。この白い世界が変わってしまう、そんな光景は僕の乏しい想像力では描くことができない。本当に色が変わってしまうのならば、ここでも僕は美しいものを一人占めさせてもらうことになるのだ。あぁ、これは分からない。どうなるのだろうか。

  それからひたすら待ち続けてみた。しかし今日は雲が多過ぎるのか、太陽の光がちっとも顔を見せてくれない。とりあえず場所を移動してみるが、やはり雲間からの光はない。そうこうしている内にサンセットの予定時間は過ぎていた。どうやら、残念なことに今日は紅い砂漠には変わってくれないみたいだ。

ホワイトサンズは白いまま少しずつ暗くなってゆく。僕は公園出口に向かって猛烈なダッシュをしていた。これはもう諦めるしかない。今日は雲が多過ぎた。本当に残念だが、今日はこのまま次第に暗くなってゆくに違いない。白い砂漠は充分に堪能させてもらった。紅い砂漠は今日はお休みだ。それならば、ここで取るべき最良の行動は、一刻も早く町まで戻ること。紅い砂漠がないなら、ここでの冒険はもう終わっている。

  肌寒くはないが、どんどん日が落ちているのを肌で感じる。僕は脇目も触れずに公園の入口へと急いだ。みんなは車を降りて、太陽が隠れる雲の方向をじっと見つめている。誰もが期待した紅い砂漠はこの日、姿を見せてはくれなかった。突風はすっかり収まり、とても静かで涼しい砂漠になった。日中の人を拒むかのような表情とは正反対だ。

容赦なく太陽が照りつける酷暑の砂漠。風も太陽も収まった瞬間の本当に穏やかな砂漠。太陽が閉ざされた夜はきっと死の砂漠になる。詩の心で語れば、どんな時も中途半端に生きることを嫌い、ALL OR NOTHINGの精神で激しく生きている、となる。陰と陽を使い分けるこの妙技。熱し易く冷め易いとはこのホワイトサンズのためにあるような言葉だ。

極端過ぎるあなただから、時として理解されないこともあるだろうが、僕はあなたから確かに素晴らしい美のセンスを感じたよ。真っ赤な黄昏を見れなかったことは心残りではあるが、充分に美しいものを見せてもらいました。

うだるような暑さ、身を切るような風、そして安らぎの白い黄昏時。その全てのホワイトサンズの姿は、足を踏み入れた者の真価を厳しく試していたように思うのだ。ホワイトサンズ国定公園とは美しい外貌をした厳しい審判だった。色々な場面を作り出し、そこでどのような反応を見せるかで侵入者の真価を見極めていたのだろう。

乾燥地帯に突然現れた白い砂漠のことを、僕は一生忘れない。誰にも負けない個性的な世界をありがとう!でも、次来る時には紅い砂漠も見せて下さいね!

ニューメキシコ州の端には、常に僕の真価を厳しく問い質しているあなたがいる。そう思って僕もこれから何かしら偉大なことをやりたいと思います。僕の血となり肉となり、また、厳しい先達の人として僕をご指導下さい。

  入口に戻った頃にはかなり暗くなっていた。ゲートで名前を告げ、確かに無事帰ったことを報告する。ホワイトサンズ国定公園に大きく手を振り、そして暗い一本道を戻り始めた。道といっても、何もない荒野に車道が通っているだけだ。どう考えてもマウンテンバイクで走るような道でもない。しかもそれが暗くなってからなのだから危険は増す。

ドライバーというドライバーは「車しか通っていない」というごく当たり前の認識でハンドルを握っているのだろう。僕が気を付けていないと本当に轢かれる可能性がある。はっきり言って、もし轢かれてもこんな道をこんな時間にマウンテンバイクで通っている僕の方に責任が問われても不思議ではない。こうして約1時間の恐ろしいサイクリングが始まった。

  アラモゴルドへのUS-70を僕はひたすら用心深く走る。一応小さなライトは持ってきていたので、後ろから抜こうとする車に見えるようにそれを点け、車が通り過ぎる時にはかなり用心して車道を大きく外れた。後ろを振り返って車がない、というチャンスがあれば、とりあえず飛ばして距離を稼ぐ。こんなに危険なサイクリングはない!とっとと通り過ぎてしまおう!

  それにしても、これは何という冒険だろう。夜、郊外の車道をたった一人、マウンテンバイクで走る男。きっとこの土地に住んでいる人間からすれば非常識もいい所だろう。僕だって好きでやっている訳ではないよ。ただね、こんな有り難くない体験も何かしらの意味で僕の血肉となれば、それだけで心をすり減らせた甲斐があるというものだ。

  車におびえつつかなりの時間を走り続けた頃、喉の渇きを感じていた僕はガソリンスタンドに自動販売機を見つけた。砂漠の中のオアシス!この国で野外に設置されている自動販売機なんて珍しい!すぐに飛びついてちょっと休憩をした。スタンドの灯りが頼もしい。一人でこんな夜道を走っていると幽霊とかを想像したりして恐くもなる。自分の想像に苦しめられる冒険旅行男!ふと、今度はさびしいスタンドの灯りが恐くなって、逃げ出すかのように僕はマウンテンバイクに跨る。頑張ろう!ゴールはもう少しだ!

  スタンドからは次第に人気のある道になってくれて安心だった。無事にモーテルに着くことができると、大きくため息を吐き、胸をなで下ろす。ホワイトサンズ国定公園への冒険旅行はこれで終わりだ。

鍵のないマウンテンバイクだから無理矢理自分の部屋に入れた。これで遂にくつろぎの時間だ。疲れた身体にシャワーを浴びさせてあげようか、と服を脱ごうとすると顔と身体が日焼けで真っ赤になっていることに今更ながら気が付いた。本当に真っ赤で、服で隠れていた部分との差は面白いぐらいだった。白い砂の反射はハンパではないな。あんな短時間で、大したヤツだ!

  シャワーを浴びて心機一転!明日になったら日焼けした部分がヒリヒリしてたまらないだろうなー。身体の深い疲労は僕をすぐにでもベッドにダイブさせそうだったけど、それ以上に腹が減っていた。レストランでもないか、と辺りをウロつくが、それらしい店がない。仕方なくスーパーでサラダやらパンやらを色々買って、腹が落ち着くまで詰め込んだ。

  今日はここまで。今日も素敵な冒険だったなぁ。結局、ツアーよりも良かったと思う。あの白い砂の上で何時間過ごせたことだろう。この冒険旅行のコンセプトに忠実で、実に有意義な行動を選択した自分自身を見直したね。明日からは移動日だし、酷使した身体にも休憩を与えられる。次なる冒険地はかの有名なグランドキャニオンです!また冒険をするのが楽しみだ!




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