ミラーレイク・ロッキーマウンテン国立公園、見習い芸術家の冒険11話

9月2日(月)

  今日がロッキーマウンテン国立公園最後の一日だから、僕の目覚めは早かった。まだ寒い中、残った木を使ってライスとスパゲティを作っていたらなんと2時間もかかった。味はいつも通り最低!でも気分は最高!

  今日はモレーンキャンプ場近くのトレイルを歩いての冒険だ。そんなに遠くないミラーレイクという湖が目的地だが、今日一日この国立公園を楽しみつつも夜までにはデンバーへ戻るというまた別の使命もある。早目にミラーレイク往復をクリアして、エステスパークのツーリストインフォメーションセンターまで戻り、バスを待たなくてはいけない。ロッキーマウンテン国立公園のキャンプ場で目覚めるが、デンバーのユースホステルで眠りに就く。大自然から大都市への大移動だね。どんな問題もこなしてみせよう!この僕は、自分自身なら無敵なのだ!

  キャンプ場から少し離れた所にトレイルの入口がある。早速マウンテンバイクで乗りつける僕。僕は与えられたマシーンはマウンテンバイクとこの身体のみだから、停まっている車を見るとつい羨ましく思えてしまう。だが、一度トレイルを歩き出してしまえば人間はみんな公平だ。自分の足で歩き出したら、あとは自分自身の体力しかない。便の良い車道に対しては機動力に乏しく、便の悪い山道に対しては抜群の機動力を見せる。それが僕のマシーンの特徴だ。

  Cub Lake Trailheadを越えて、目指すは3.6km先のCub Lakeだ。そこが何を売りにしている場所なのかは全く資料がないが、何をするにも感動が生まれてしまうこの冒険旅行だ、Cub Lakeもその冒険の一部なのだから、素晴らしい感動が生まれること間違いなしなのだ。Cubには小熊や子供っぽい、という意味がある。何がその名前を引き寄せたのか、行けばそれが分かるのだろうか。

  歩き出してすぐ、一匹の雌エルクが草をむしゃむしゃと食んでいるのを見つけた。何人かが遠巻きに観察している。エルクは見慣れているので無関心に通り過ぎようとしたが、あっちにはもっともっと一杯いるから!と、やけに熱の籠もった案内を僕にしてくれた人がいた。

おいおい、イエローストーンでどれだけ見てきたと思っているのだ。特に期待せず先へとどんどん歩く僕。すると、何とも感動的な光景が視界一杯に広がってくれているではないか!僕は、30~40頭からなるエルクの群れに遭遇した!

  人間たちが住むキャンプ場から幾らも離れていない場所に、こんな大自然の営みが隣接しているなどとは思ってもいなかった。これはモレーンキャンプ場がいかに自然の中に作られたものかを表している。イエローストーンの大草原でもエルクの群れには当たらなかった。数多くは見たが、まとまった群れは一度もなかったからね。嬉しい、これは嬉しい出逢いだぞ。

  都合が良いことに、僕たち人間のトレイルロードは群れがいる草原よりも一段高い丘にあり、正に絶好の観察所になっていた。周りのみんなもすっかり座り込んで群れを眺めている。僕も静かに腰を下ろし、双眼鏡で群れを眺め始めた。

  群れの中に雄はたったの一頭しかいない。エルクは秋にハーレムを作ると聞くが、僕は幸いにもそれを目の当たりにしている。一頭しかいない雄、それがひっかかって僕は考え込み始める。

あいつには相当の社会的責任が被さっているはずだ。その責任は大変に重く、彼は群れの安全確保に全神経を集中させ続けているはずだ。他の雌たちのようにのんびりと横たわることをせず、雄だけはずっと立ち尽くして辺りを眺めている。その姿を見ていると、彼に課せられた責任の重さに頭が下がる気がするよ。僕はそのままの気持ちを書き残したくて、素早くズボンの後ポケットからメモ帳とペンを取り出した。

     これだけのなかで雄はただ1匹

       そして決して座ることはなかった

                 エルクの群れ

  雌と子鹿の群れの中、雄の誇りである美しい角を立てて周囲に目を配るリーダー。大変な職責を背負っているが、彼はその責任の重さですら喜びに変えている。何かを任せられるということのやり甲斐。そのやり甲斐は彼の生き甲斐につながっているに違いない。彼の堂々とした態度を見ていると、彼が自分の立場を誇りに思っているのが分かる気がする。そうでなくては、あんな真剣な態度は取れない。

  彼は決して座ろうとはしない。他の雌エルクたちがくつろぎ、のんびりしている間にも雄エルクは仁王立ちのまま、じっと辺りを見張っている。僕はその雄エルクの姿を美しいと感じた。あなたも情熱の固まり、大自然の偉人の一人だ。

  このトレイルに来なければ一生すれ違うこともなかったエルクの群れと、偶然にもこうして一緒の時間を共有できた。またひとつ、この冒険旅行で探していたきらめきを見つけることができて僕は嬉しいよ。僕がここに来たことと、ここにあなたがいたこと、偶然に偶然が重なったので、この巡り合わせは必然だと思っている。

ねぇ、あなたがその立ち姿から僕に伝えたかったものとは何ですか?与えられた立場を忠実に遂行することの美しさと重さで間違いないですか?はっきりした答えを聞くことはできないが、あなたの無言の教訓がそう言っていたと、僕はちゃんと心に取り込んでおくよ。僕が今すぐあなたにお返しできるものはない。だが、あなたのことを血として肉として、確かに深く心に留めておくことにすることは約束しよう。

  さすがに今日は予定が詰まっている。このまま群れを眺めているのも一興だが、湖への往復で時間はギリギリだ。心寄せたものとのさよならは辛いものだが、足早に先を急ぐことにした。あなたの面影はしっかりと持ち歩くことにするよ。ありがとう!これからも僕の血肉となってくれますね!

  歩き出したら、自然とかなりのハイペースになっていた。道は平坦で、たまに凸凹はあるがちっとも刺激のない、だらだらしたものだった。森の中の景色になるので、周りを見てもちっとも楽しくない。だから、ハイペースで歩くことだけに拍車がかかる。早く歩くこと以外に目標が見つけられないのだ。

湖往復の時間やバスの場所まで下る時間を計算しながら歩いたが、湖に着いたのは予想時間ギリギリになっていた。これは、余り長居をしていたらバスを逃してしまうかもしれない。時間に追われない冒険もいいが、時間を管理しながら目的をこなす冒険も面白いと思う。どちらにしても、僕にはやり遂げる能力がある。

  僕はCub Lakeに到着した。ここは手持ちのどの資料にも紹介されていないぐらいだから、余り一般的な観光ポイントではない。だがここはロッキーマウンテン国立公園、やはりどこだろうとも独特の趣がある。少し説明してみよう。

  四方を森に挟まれた湖だ。ベアレイクを一回り小さくしたぐらいだから、この辺りで目立つ大きさではない。ひっそりとした場所に住んでいるという点は、ベアレイクやグレイシアゴージの足元にあったMills Lakeと一致する。同じように、ただ穏やかで美しいということに価値を見出す湖かなと思いきやそれが違う。

ここの最大のびっくり箱は、湖の真ん中だけに水面が見えていて、残りの水面のほぼ全てを大変な数の浮き草に覆われているというものだ。浮いているのは蓮の葉らしい。黄色と黄緑色の蓮の葉が湖面をほぼ占領していて、中心部分に本来の湖らしき青い水面が残っているだけだ。空からこの湖を見てみたい!ちょうどひまわりの花のように見えることだろう!ここにはとても個性的なヤツがいた。他のどんな湖とも違う、正にONLY ONEの偉人だったのだ。

  僕は近くの岩に腰掛け、風流を歌い、言葉を贈る。

     楕円をえがく鏡のような中心湖面を

       浮き草に祝福された野心の蔑視

                 ~Cub Lake~

  この湖も在野の偉人の一人に違いない。本当に自分に合った場所を選んで生活をしているからこそ、ここまで美しい姿になったのだろう。他の場所ではあなたの理想が100%実現されることはなかったから、あなたはこの場所を選んだ。そうだよね、そういう解釈でいいんだよね?もしもそれが僕の勝手な幻想だというのならば、こうして気高く、美しく咲き誇っているあなたに説明がつかない。幾ら確認を求めてもCub Lakeははっきりとした答えを水面に映し出してはくれないが、僕は自分のこの理解で大体合っていると思った。

  浮き草たちは醜態をさらし浮かんでいるのではない。華やかに、楽しそうに浮いている。誰がどう見ても、浮き草たちは湖を祝福している。なんと可愛い光景だろう、黄色と黄緑色の花が畑に咲いているかのような景色だ。湖がひまわり畑だ。

  ここの景色は俗っぽい見栄や野心というものを超越している。Cub Lakeもまた、僕にメッセージを伝えようとしてくれているのが分かる。他人から勝ち抜けようとか、自分だけが優位な場所に立たなくては人生の敗者だとか、そんな野暮な心は放棄しようではないか。本当に自分に合っている世界に生きることが最も美しい。

Cub Lakeは僕に問い掛けている。人生が終焉に近付き、いつかそれまでの人生を振返る日が来た時、周りに合わせた生き方を続けてきた自分自身を愛し、誇ることができるのか、と。世の中には色々な価値観があると思うが、Cub Lakeの考え方は僕の美学に近い。だから僕はこの湖に共感する。

  Cub Lakeは他人と争うことが嫌で嫌で仕方がないのだろう。野心を持つこと自体の善悪論ではなく、Cub Lakeという一個人にとって、野心を持つことは正しい道ではない。彼はどこまでも自分自身に素直だ。僕の感性でこの問題を考えてはいけない。あなたの感性で考えてもいけない。Cub Lakeの感性でその問題を判断しなければ、到底僕も君もCub Lakeのことを理解できない。彼の生き様を受け止めるのも人生の貴重な経験になる。

  この湖は美しい。これだけの数の浮き草が集まり、共に住んでいるとはCub Lakeに人望がある証拠だ。Cub Lakeのペースで過ぎてゆく、ここでの時間。独特の進化を遂げる場所から溢れる独特の妙味。大切な勉強だよ、二度とはない体験だよ。そうだ、独特の世界を追求しようとする強い心さえあれば、材料は限られていても素晴らしいものが必ず生まれる。自分が求める美しさを追うのならば、躊躇してはいけない。なりふり構わず己の美学を貫くことから全てが始まる。それが出来上がりさえすれば、評価は後から自然とついてくる。無謀と思われようが、とにかく自分自身を信じて先に進むことから始まる。

僕はCub Lakeにそう教わったのだと思う。血と肉をありがとう、Cub Lake。あなたのこと、僕は忘れないよ。

  ――そんなゆめから覚めて、僕は岩から腰を上げる。その瞬間から僕の頭は次の目標で一杯だ。さぁ、時間がないぞ。相当早く戻ることが次に求められている。僕は凄い勢いで道を蹴飛ばしながら道を戻った。森の中の一本道では迷う理由もなく、景色にも見る所がなく、何も楽しみがない。次の目標に向けて目を血走らせるだけだ。さぁ、ロッキーマウンテン国立公園を後にする時が来た。去る時でさえ全力で去ってみよう!

  エルクの群れも既にさっきの場を去っていた。脇見もせずにテントサイトまで戻った僕は、血相を変えての後片付けに取り掛かった。使ったサイトを綺麗にしたら、荷物を抱えてマウンテンバイクに飛び乗る。食料と水が無くなった荷物の重さは、全く登りの時と比較にならない。

キャンプ場のゲートを出る時に見てみると、金曜日は完全に一杯だったこのキャンプ場も、月曜日の今日は充分空いていた。曜日を気にせず行き当たりばったりで冒険旅行を続けてきたが、ちゃんと計算しておくとよりスムーズに冒険ができるに違いない。少しは気にすることにしよう。

  キャンプ場からエステスパークまでは約45分の下り坂だ。2日前に地獄を見た登り坂を、気持ち良~く下る。ペダルを漕がなくても凄い勢いで僕は運ばれてゆく。ちょっと急ぎ過ぎたのか、シャトルバンの時間まで充分間に合っていた。

あの少年店員はいなかったが、お世話になったマウンテンバイクを返す。サブウェイで食事を取る時間まであり、シャトルバンが来るツーリストインフォメーションの前でゆったりとポーの本を読んで待っていた。今日は僕の他にも利用者がいた。街に行く人よりもデンバー空港へ行く人の方が多かったので、バンは先に空港へ行くことになった。──こうして帰りはあっという間にロッキーマウンテン国立公園を去って行った。

  バンの中で僕は決心を固めていた。明日はツアーに参加してマウンテンバイクでは行けなかった場所に行こう。ロッキーマウンテン国立公園はかなりの高地にある国立公園だ。イエローストーンも高地だが、なんとかマウンテンバイクでも走破が可能な程度だった。しかしロッキーマウンテンはそういうレベルでもない。僕にはどうしても行ってみたい場所があった。トレイルリッジロードという山岳道路で、公園を東西に横断する全長70kmの道路であり、最高で標高3,713cmにも達すると聞く。

舗装道路では世界最高地点であるそこからの景色を是非とも見てみたいという願望に僕は負けた。何か僕の心を呼ぶものがある、だから行くしかないのだ。ただ、そこばかりは今までのように自分自身だけで届く場所ではない。まさかそんな所へマウンテンバイクで単身乗り込む程僕も無知ではない。

レンタカーの方法を封鎖されている僕だが、ツアーバスという唯一の方法は残されている。初日、2日目とマウンテンバイクを漕いできて、さすがにあれ以上の高所は不可能だと身体が分かっていた。頂上付近の突風を受けて走ることになれば自分自身の身の安全すら確保できる自信がない。やはりこればかりはツアーバスが最良の方法だろう。

  バンは広大なデンバー空港を経由して、デンバーのグレイハウンドバスディーポへ着いた。僕はディーポからグレイラインツアーに電話をかけ、希望に叶う明日のツアーを申し込もうとした。残念ながら既にオフィスは閉まっている時間で、音声テープで明朝7時からだと分かったので、また明朝電話すればいいと思った。

  両替機でお金を細かくしようとすると、故障していたらしく入れたお金がすぐに戻ってくる。すると後ろから肩を叩かれて「それは壊れてるぜ、あっちのを使いな」と声をかけられた。見ると日本人男性が英語で話し掛けてきたのだ。彼の動きは不思議だった。全てが自信に満ち溢れているのはいいが、何だか思い切り嫌味なのだ。かけてきてくれたその言葉には多分に親切心が含まれているはずなのだが、僕は彼を受け入れることを自然と拒んでいた。

何故だろう。彼の嫌味な動き方もあるが、それ以上に僕も自分自身に絶対の自信があったので、他人にとやかく指図されるのが嫌いだったのだ。我ながら心狭い理由だ、どうしようもなく僕はひとりよがりだ。でも、この冒険旅行の時ぐらいはそれも許されるだろう。とにかく、僕はできる限り自分自身の力でやり遂げたい。

  この前のユースホステルにまたお世話になることにした。学生かと聞かれ、そうだと答えるとユースホステル会員と同額でいいということで、2ドルディスカウントしてくれた。じゃあ、この前はちょっとだけ損をしていたのか?いや、前回が損したのではなく、今回が特別に得をしたのだと考えたいね!

  さすがに今日の身体の疲労は相当なものだったので、近くのスーパーで買い物をして、ソファーで日記を書きながらのんびり骨休めをしていた。3日ぶりのシャワーを浴びて、部屋に戻って早々と眠ろうとしていた僕の耳に大勢の人の話声が聞こえてくる。さっきまで僕が座っていたソファーの辺りで、一人の日本人がたどたどしい英語で話していて、その純朴さからか周りの人たちにかなり受けていた。僕は今夜、誰とも言葉を交わさずに一人そのまま眠ろうとしている。その日本人よりは遥かにスムーズな英語を話す自信はあるが、僕はこうして寂しくベッドに入っている。僕は一人、深い哀しみに暮れた。

  ALL BY MYSELFは何も他人と感動を分かち合うことをタブーとしている訳ではない。別に他人と一緒にいるからといってALL BY MYSELFの理念が崩れる訳ではないし、この冒険旅行では見知らぬ人たちと出逢うことも目的の1つとしている。冒険も今日で11日目だ。それなのに、相変わらず僕は知らない人と打ち明けることができない。

  心が乱れ、苛ついて壁を蹴る。──確かに、僕はこれまでの冒険でそれなりの立派な成果を残してきた。自分自身だけで色々な試練を乗り越えてきた。でも、こういった他の人との共同作業には極端な程弱くて、どうしようもなくて、心を開いて他人に接することが全くできない。本当に、僕はいつも一人ぼっちで寂しく過ごしている。自分の他の部分と不釣り合いなくらいに話すことには臆病で、自信がない。

――賑やかな声はすぐ壁を隔てた隣室から聞こえてくる。旅先特有の最高な出逢いがすぐ近くで行われているのに、僕は一人冷たいベッドで眠ろうとしている。勇気を出して仲間に入ろうと思えば、歓迎されること間違いなしなのに。なぁ、こんな惨めな自分自身のどこに冒険旅行のプライドや理想があるというのだ。

  せめて自分自身を正当化させるために僕はこんな言葉を詠んだ。自分の存在の意義を崩壊させないために、こんなことをした。今の僕にできる精一杯の抵抗が、言葉を詠むことだった。言葉を詠むことを悪用して、僕は己に言い訳をする。

     この夜、一人でできる努力とできない努力を再確認させられる

       俺の人間性の適応方向を、応えたいいくつもの声援と期待を想い、

         自分の成果をいぶかる

     俺の命を刻みつけたい

     我が人生、一人で生きるにはひろすぎる――

                     ~デンバーのユースホステルにて

  そして、僕は何もかもから逃げるために、眠りに落ちる。眠って誤魔化そう。明日になればきっと僕のペースで動くことができる。悔しいが、今夜は眠ってしまおう。悔しいが、とても悔しいが。

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まつきよ

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