詩的日記

エルパソ→キングマン長距離バストラブル、見習い芸術家の冒険19話

9月10日(火)

  たっぷり睡眠を取ると、僕の若い身体は100%健康な状態に戻っていた。僕のこの最高の武器はこれだから頼りになるね。昨日の日焼けがちょっとヒリヒリするが、邪魔には感じない。マウンテバイク屋は約束通り9時の返却を受け付けてくれた。急いでディーポへ戻り、10時発のエルパソ行きに乗り込んだ。

  いつもならすぐに眠るのだが、昨夜はぐっすり眠ったばかりで、まだ朝も早いし、このバスの中では素直に眠れなかった。メモ帳にペンを走らせると、僕は古い恋を思い出して手紙を書き始めたものだ。決して相手には伝わることのない手紙。そして、この冒険旅行の記録にも入ることのない手紙。ふと心に隙間ができた時、真っ先に思い出すこと。それが、今も僕の心に深く息づいている心の寄り所なのだろう。つくづく、僕は恋愛に憧れている。この冒険旅行で立派な人間へ一歩近付くことで、本物の恋愛ができるようになっていてくれるのだろうか。

  眠れない内に、久々のエルパソへ戻ってきた。とりあえずあのユースホステルへ荷物を取りに戻り、その巨大な荷物を背負う。しばらくぶりに背負うこの荷物はびっくりするぐらい足手まといだ。大荷物を背中にしょいこみながら、昼飯がてらマクドナルドへ入ると店員が目を丸くして「ハイキングか?」と聞いてきた。ハイキング?ちょっと感じが違うかな。「なに、キャンピングさ」とスマイルで答えてあげた。実際は、大冒険だけどね。

  時間が惜しい。カースルバッドでもホワイトサンズでも、貴重な時間を各々1日ずつ移動に費やさねばならなかった。予想したよりも丸2日間のロスを重ねてしまった。これから僕はフェニックス経由でフラグスタッフという町まで行く予定だ。グランドキャニオンのゲートシティとなっている町だ。

エルパソ発フェニックス経由のフラグスタッフ行きの便で、すぐに出るのがある。ただ、フラグスタッフの到着時間が深夜だ。初めての町で深夜の到着は怖い。でもここへ来てかなり冒険旅行に慣れてきた僕は、それでも大丈夫だという自信があって、それに乗ることにした。あとは、到着してからどうにかしてみせよう。今までの経験で言えば、どの町もそんなに危険な感じはしなかった。フラグスタッフは観光客用の小さな宿場町というイメージだろうから安心はできる。そう考えて僕はそのまま突き進むことにした。

  持ってきたエラリークイーンの「オランダ靴の謎」という推理小説を読み始めたのはいいが、下を向いていたせいで気持ち悪くなった。いつの間にか外は大雨。気持ち悪さを誤魔化すために目を閉じていると僕は眠っていた。目を覚ますと雨は止んでいる。窓の外を見ればそこには大きな虹!大雨上がりの虹は素晴らしいサイズで、素晴らしい美しさがあった。バスも虹に惚れたのか、虹をくぐるようにして先に進む。またこの先にも良いことがありそうだね。自然の美しいものは全て、僕のこの国立公園巡り冒険旅行を歓迎してくれていると考えていいのだから。

  フェニックスでバスを乗り換えるようで、ドライバーに行き先を告げ、どれに乗ればいいのかを聞く。1番ゲートだと言うので、そこで1時間程待った。時間が来て、さっきのドライバーに「フラグスタッフね」と言って乗り込もうとすると、チケットが必要だ、と言い僕のアメリパスをカウンターに持って行ってなんだか処理をしていた。アメリパスを返却してもらい、車内に乗り込む。この路線は違うバス会社のようで、座席の配列が微妙に違う。フラグスタッフへ着くのは深夜2時前だろう。例によってこの先何が起こるのか分からない。休める内に休んでおくのが得策だ。僕はまとまった眠りを取ることにした。

  次に起きると2時10分になっていた。どこかのバスストップらしい。ちょっと眠り過ぎたか。それにしても既に時計は到着予定時間を指しているのにまだ他の町らしい。怪しんでドライバーにここはどこかと聞くと「オマエはラスベガスへ行くんだろう?」と不思議そうな顔で返事をしやがる!な、なっ、何ィ~!!!まさか――!!!

  そうです、僕は違うバスを案内されていたのです!一瞬僕の頭は空白になったが、3秒後に切り替えて、どうしたらここからフラグスタッフへ行けるかどうかを尋ねていた。ドライバーは「次のストップで乗り換えればいい」という。ドライバーに対する怒りよりも不安ばかりが先走り、何も言えなかった。ドライバーの言葉を信じてバスに乗る僕。何とも無力だ。ドライバーに任せるしかないことに、じれったさが抑えられない。自分自身の力で何もできないこの自分自身が無力だ。まぁ、起きてしまった事故は今更どうしようもない。ここは僕に課せられたこの試練を見事に乗り越えてみせようか。それも一興だろう。

  午前3時10分、キングマンという町のディーポで降りた。次のバスは3時30分に来るよ、とドライバーから聞かされる。バスが去ると、その場で20分程忠実に待ったが、バスは来なかった。すると、また間違いに気付いたよ!もうアリゾナ州へ入っている。だから、また1時間のずれがあるのだっ。も~、イエローストーンへの途中と同じ事をしちゃいましたね。つまり、今は午前2時10分。バスが来るまで、まだ1時間もありますねぇ。

地図を見て、キングマンはフラグスタッフとラスベガスの真ん中にある町だと知った。ここからフラグスタッフまではかなりの距離がある。だけどね、フラグスタッフの予定到着時間が素晴らしいんだ。損して得取るとは正にこのこと。だって、午前8時にフラグスタッフ到着だというのだから素晴らしいではないか。

偶然にも、フラグスタッフという見知らぬ町での深夜到着は免れ、1泊分バスの中で過ごせることになるのだ。結果オーライってヤツだ。想像もしていなかったバスの使い方。あのドライバーへの恨みもすっかり消えてしまうよ。これなら許そう!これは上出来だ!

  9月中旬ともなると、夜は肌寒い。近くのガソリンスタンドで温かいコーヒーとパンを買ってきて、開き直った頭でベンチに座りバスを待つ僕。心配事があった。かなり大きなトラブルにもなるかもしれない。降りたバスには僕のバックパックがなかった。これは危険信号だ。貴重品は全部デイパックの方に入っているから問題はないのだが、撮影済みのカメラフィルムだけはバックパックに入れていた。この冒険旅行最高の貴重品が僕の手元を離れ、どこかへ行ってしまっている。フィルムがなくては今までの冒険旅行の記録が半減してしまうではないか!冒険は続けられるが、あのフィルムが無くなっては悔やんでも悔やみきれない。あの写真をもう一度全部取りに行くなんて絶対に不可能だ。

  荷物のことが気掛かりでたまらない。フラグスタッフに着いた後の今日一日は荷物の到着を待つことと、明日のグランドキャニオン行きの情報集めに終始しそうだ。今更原因をつきとめてもどうしようもないのだが、フェニックスのディーポで既に別々のバスのお腹に入ってしまったのだろう。

  午前3時30分、確かにバスは来た。今度こそフェニックス行きのバスだ。ドライバーにこのバスがフラグスタッフへ行くのかどうかを確認する。二度「行くよ」という返事を確認した上で、バスの中へ乗り込んだ。早速眠ろうとすると、もう1台バスがやって来た。フロントガラスには「NEW YORK」という大雑把な行き先しか貼られていない。バスはしばらくそのままで、先に来ているこのバスに動く気配がない。これは怪しい、とにらんだ僕は2台目の方のドライバーにもフラグスタッフに行くかどうかを確認してみる。すると、2台目の方のドライバーは「あっち(1台目)のドライバーからオマエのアメリパス番号は聞いている」という訳の分からないことを言い出した。

ん?それはどういう意味なのだろうか。ここでの失敗を重ねることは許されないのだし、確実な道を選択する必要があった。1台目のドライバーに近寄って「どっちのに乗ればいいんだい?」と聞くと「そっち(2台目の方)に乗りな」と言われる。――どういうことなのか良く分からないよ。とにかく、2台目の方のドライバーにもう一度フラグスタッフへ本当に行くかをしつこく確認した上で2台目の方に乗ることに決めた。

  さすがにニューヨーク行きはかなり混んでいる。最悪の相席となり、1つの狭い席で垂直に眠るしかなかった。これをやると次の日が辛いんだよな~。でも、仕方ないか。まぁ、我慢しておこう。さぁ、これでやっとグランドキャニオンへの冒険に着手できるぞ!




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