9月17日(火)
二人は朝早く出て行った。寝ていた僕を起こさずに彼らは行ったが、それも冒険旅行をしている仲間同士では分かる行動だ。別れの言葉はいらない、昨夜の楽しい会話があればそれで良い。
僕は割合遅くに起きてシャワーを浴び、ゆっくりバスディーポへ向かった。久々のグレイハウンドだね。さようなら、フラグスタッフの町よ。あなたとは荷物が消えて騒いだり、グランドキャニオンやらモニュメントバレーやらで割と長い付き合いとなりました。それでは、またレンタカーでモニュメントバレーへ来る時にでもお逢いしましょう!
ラスベガス行きのバスに乗った。僕は言葉を詠んだり、ゆめに耽ったりしていたので一睡もしないまま、バスはなんとあのキングマンのよく知ったディーポに着いた。ここで1時間のストップがあり、珍しいことにここで日本人旅行者が隣に座ってきたのでお互いの冒険旅行の話で盛り上がる。バスはいよいよネバダ州へ入る。カジノが合法とされている州だ。まだ見ぬラスベガスの街を想い、僕は車窓の遠い空に視線を投げる。
ネバダ州に入り、すぐに驚くべき光景を目にした。何と、休憩で寄ったディーポのすぐ隣にカジノがあるではないか!僕はカジノに驚いたのではない。そのカジノの入口を埋めていたのが、全米の観光地を占領していたあの老人たちのバカンス姿だったことに驚いていたのだ。
でも、考えれば別に驚く程ではないのか。逆に旅行者のほとんどが若者だったら逆におかしい。若者が仕事をせず、勉強もしていない世界なんておかしいからね。働くことを引退した彼ら老人が、今まで労をねぎらうかのように遊んでいる。それには納得だ。
隣の日本人も降りて行ってしまい、退屈気味の僕は音楽をゆめ心地で聴き始める。しばし、音楽の世界にうっとり。グランドキャニオン谷底へ降りる前にヘッドホンステレオを買っておいて良かった。冒険旅行には音楽が欠かせない。昔から知っている曲を持って行ってもいいし、あるいは今まで余り関心の無かった音楽を持って行くというのもひとつのアイディアだ。どんな曲でも聞き続けていれば自然と冒険の終わりにはこの音楽と一緒に冒険旅行をしたな、と思えるようになるしし、しばらく経ってからその曲を聴くと、この曲はあの冒険旅行の時に聴いたなぁ、という思い出になる。音楽が詰まったものは本当の意味でアルバムなのだ。
フラグスタッフを出てからずっと景色は単調だった。乾燥地帯と、所々の小さな町。ずっとそれの繰り返し。それが永遠と続くと思われたが、ある瞬間ふと前方にシアトルのスペースニードルのようなものが見えてきたではないか。進めば高層ビルが見えてくる。おぉ、これが大自然の中の人工大都市ラスベガスか。シアトルを出てすぐ、何もない場所に突然現れたスポケンの街にイメージが似ていると思った。グレイハウンドに乗っていてこの意外な登場の仕方はよく目にしたが、一向に慣れることがない。こうしてラスベガスは意外に、突然に登場してきた。こんなに粋な登場をしてきたからには、何か立派なものを持っているんだろうな?僕は試させてもらうぞ。
街の中心を外れた所にあるバスディーポに着いた。ディーポ内のコインロッカーにカメラを除く持ち物全部を詰め込むと外に出る。着の身着のまま、カメラだけアーミーパンツのポケットに忍ばせ、気軽な冒険旅行者となる。ここなら自然からの脅威はないからね。身体は余裕で構えている。
僕は大都市が苦手だ。僕は偽りの姿になった。黒装束にサングラスと煙草。本当は僕だってこんな暗い格好は好きではない。自然の脅威に対してはだいぶ対応策が分かってきた僕だが、都会では全くの素人だ。見知らぬ大都会で、か弱い自分が犯罪のターゲットにならないよう精一杯の擬態を繕うことにした。
身体は余裕でも、ここはこの通りおどおどしていた。少なくともこの黒ずくめの姿なら、アンタも危ないかもしれないけど俺様も相当に危ないぜっ、と宣伝できるからね。自分の身を護るため僕が出した苦肉の策だった。
時刻は昼下がり。ロサンゼルス行きのバスはかなり本数があり、僕は夜行便に乗り継ぐことにした。そうすればロサンゼルスに朝方に着くから、乗り継ぎを考えても明日の午後にはヨセミテ国立公園へ着くだろう。ちょうどいいタイミングだと思う。
このラスベガスでは2つ体験してみたいことがあった。カジノとショー鑑賞で、2つともここの名物だ。わずか半日の滞在だが、この2つはクリアしたい。カジノはいつでもどこでもできそうだが、ショーが開かれる時間帯が心配だ。
ディーポから歩き出してすぐ、賑やかなショッピングモールに当たった。早速カジノ内に侵入した。ちなみに僕は19歳なのでカジノで遊ぶことは違法だ。でも、全身黒い格好で、長い冒険旅行にすっかり日焼けしている僕の顔は、元々老けているのに輪をかけていて、少なくとも若者の風貌ではない。だから堂々としていれば咎められないと思った。注意されたら別のカジノへ行けばいいだけのことだ。既に冒険旅行も終盤に入り、熟練の域に達した僕の肝っ魂は揺るがない。
スロットマシン台の間を歩いている分には咎められることなんてなさそうだ。僕は客層やら、どんなゲームがあるやらをマーケティングしながら歩く。向こう3軒ぐらいは全部入ってみた。さすがにディーラーとするようなゲームは止めた方がいいな。お金もあんまり使いたくはない。とりあえず、有名なホテルが並ぶストリップといわれる場所に行ってみることにして、モールを抜けた所から301番のバスに乗った。
乗ってみると、このバスがとんでもなく混んでいる。こんなのは初めてだ。アメリカの大型バスが人で埋まり、重量オーバーなのかかなりのロースピードでストリップの方へえっちらおっちら、と進んで行く。モールからストリップまでたっぷり1時間はかかったよ。
MGMグランドホテルの近くでバスを降りると、周りはびっくりする程の人が歩いていた。久々の大都会だ!シアトルよりもずっと人が多い。東京以来だな、こんな人の群れを見たのは。
アメリカの街の人込みに感じるこの開放的なイメージは一体何だろう。アジアではこれはない。アジアでは人の群れは人間臭さに直結していた。だがここにはそれがない。ここラスベガスはリゾートだからか、それとも僕の冒険旅行歴がまだまだ未熟だからか。ラスベガスの人込みで歩いていて感じるのは、チャンスが今僕にある、という雰囲気なのだ。
ガイドブックに載っている中で一番観たいな、と思うショーがあるエクスカリバーというホテルに行ってみた。御伽噺の世界の白い城。塔の天辺はオレンジや黄色や青色にデザインされていて、なんとも楽し気だ。僕の黒ずくめでサバイバルの格好は随分と場違いだ。だが僕は美味しい部分を食べ尽そうという勢いで、ホテルのもの凄~く立派な門をエスカレーターで進む。カジノの匂いがしてきた。華やかで、賑やかで、スリルに満ちた、人を楽しくさせる匂いだ。
ラスベガスは、有名人のそっくりさんショーから大掛かりなマジックから様々なショーを各ホテルが開催していることで有名だ。僕は時間とお金に限りがあるためひとつしか観ることができない。このエクスカリバーホテルでのアーサー王のトーナメントというショーに一番興味を引かれていた。アーサー王の姫を争って、勇敢な騎士たちが馬上での闘いを繰り広げるらしい。なんとも冒険心を煽るストーリーではないか。
エクスカリバーホテル内でショーデスクを見つけたので聞いてみた。すると、あっさりOKされた。30ドルを払い、時間までカジノをふらつき待った。時間が来て会場へ向かう僕。ガイドブックでは席へ案内してくれる人に渡すチップでいい席が取れるか取れないかが決まる、とあったので健気に5ドル(この冒険旅行では割と大金!)をポケットの中で握り締めて歩いていた。だが、そんなチップを渡すのは一昔前のことだったらしい。今はもう全席座席指定になっているからチップなんて要らなかった。世界はあるべき姿に進んでいるのだな。
だから自分自身で席を見つけて座っていると、飲み物のオーダーを聞かれた。飲み物というのはアルコールのことだ。ソルティドッグ、と堂々と言ってのける僕。何も聞かれずにソルティドッグが運ばれてきた。
最前列の席だったので最高だよ。会場の真ん中には砂で敷き詰められた円方のスペース。そのステージを360°ぐるりと客席が囲んでいる。これは相当数のお客さんが入るね。まだショーは始まっていないので、真ん中には垂れ幕で何か建物の形のものが隠されている。観客全員はそれを何だっ?と期待しながらショータイム開始を待ち構えた。
このショーではアルコール一杯と夕食がついて30ドルだ。実はそれが楽しみで僕はこのショーを選んだ、という噂もある。少しずつ料理も運ばれてきて、飢えた狼はがつがつと食べていた。
6時丁度に音楽が鳴り、同時にステージへ二人の男が出てきてショーが始まった!何だかよく分からない言葉を観客に合唱させる。人の名前かな?全然聞き取れなかった。二人の男は観客全員にそれぞれの目の前の長机を両手でドンドン叩かせて、会場を興奮の渦に巻き込む。本当に観客の全員が全員同じ仕草をしているのを見て、僕もハイになった。一人で来ているのに、やけに楽しくなっていて、机はやたらとドンドンするわ、訳の分からない言葉を叫んで合唱するわ、散々騒いでいた。
ふと、馬に跨った子供が出てきて、ステージを数周したと思ったらいきなり落馬して、倒れたまま眠りについた。灯りが暗くなり、やや静かになる場内。
次は数人の騎士たちがステージに颯爽と姿を見せた!さぁ、いよいよショーの本番だ!骨付きの大きなチキンが各自の皿に盛られて、みんなはそれを手掴みでムシャムシャしながら観戦している。それぞれの座っている席が色分けさせられていて、その色の騎士を応援するというルールらしい。
鎧を纏い、馬を駆け巡らす姿は中世の香りだね。進行役は魔法使いのおじいさんだ。まずはおじいさんが騎士を一人一人紹介してゆくのだが、騎士は紹介の後に得意の技を見せる。見事な馬術でアクロバットを決めてゆくんだ。それぞれの騎士にそれぞれのキャラクターがあって楽しい。
その後で、何人かの人たちが歩いて出てきて組み体操で技見せた。小人の役を見事に決めた人もいた。華を添える女性ダンサーもいたが、その中に本当に綺麗な顔立ちをしている人がいてびっくりした。なんだか、それぞれが自分にしかない役ってものをちゃんと理解して演技しているようで感動だよ。
さて、いよいよトーナメントが始まる。ステージの左右に分かれた騎士たちが、合図と共に猛スピードで相手へ突進し、槍を使って相手を馬から突き倒す!勝負は一瞬で決まる!観客は自分の色の騎士を応援し、勝負の帰結で一喜一憂、騒ぎ立てる。
僕の色の騎士は1人目を見事に倒した!もう、周りは物凄い騒ぎようだ!ソルティドッグ一杯でご機嫌になっていた僕もクレイジーに騒ぐわ騒ぐわ!!僕の騎士は準決勝までいって負けた!負けたら負けたでまた騒ぎ方があって楽しかったよ。
決着がつき、最後は優勝した騎士と王女の結婚式パーティーだった。その後、魔法使いのおじいさんが出てきてこの物語は最初の子供が見たゆめだ、ということで終わりだった。最後は全員のメンバー紹介。こうしてアーサー王のトーナメントのショータイムは終わった。興奮覚めやらず、僕は頭がまだハイな状態のまま会場を出る。
わかりきった単純なことでも この瞬間だけは
役を演じようぜ 騒ごうぜ
~アーサー王のトーナメント~
いい大人がみんなで元気に騒ぐことができる雰囲気は素晴らしいね!そして、それぞれの役どころを見事に演じ切った出演者たちに感動していたよ。そうだ、分かりきったことでもしっかりと役を演じれば美しい世界ができあがるのだ。
出発までの時間が限られてきたが、僕はそのままエクスカリバーのカジノで初ギャンブルをしてみた。といっても1回25¢のスロットとポーカーしかやってないけどね。日本のゲームセンターの気分だ。ちょっとは当たるが、コインはなくなっていく。初めは注意されるんじゃないかな~とビクビクしていたけど、そのうち堂々と座り込んでいた。本当にゲームセンターそのものだ。8ドル程度負けてホテルを出た。
その後、エジプトのイメージのルクソールホテルの前で写真を撮った。スフィンクスの見つめる先には何がある?三日月が夜空を優雅に飾っていた。スフィンクスの頭からはレーザーが飛んでいて、一条の光となりラスベガスの街を盛り上げている。本当にこの辺は街中が最高のエンターテインメントをしているよ。
MGMグランドホテルへ入ってみた。入口はライオンの顔になっていて有名だ。世界最大の客室数を誇るホテル。中に入ると迷路のようなカジノコーナーで埋まっていた。
これは納得するよ。ラスベガスのホテル代は安い。宿泊客が落とすカジノの収益でやっていけるからホテル代をわざと安くしている、と聞くが成る程これだったのか。
僕も今夜ぐらいはどこかちゃんとしたホテルに泊まりたいな~と思ったが、僕にとってはここのホテルでも高く見えてしまうのだ。日にちにも余裕はないし、ここはヨセミテ国立公園という目的地を優先させよう。
アジアからの団体客もかなり多かった。日本語もよく聞こえてきて嬉しいよ。どこがどこだかさっぱり分からないMGMのカジノで、テーブルを覗いたり、換金所を覗いたり、僕がやれるのはそんな程度の悪戯だったが、充分に雰囲気は感じ取った。
僕自身の勝負結果はというとボロ負け。一時は結構勝ってコインの入れ物をジャラジャラさせていたのに、あっという間に全部失った。それはそうだ、僕にはギャンブルの負けパターンが染み付いているからね。ギャンブルに勝つことができる人というのは、自分が勝つことに全くの疑いを抱いていない人だろう。自分は絶対に勝つ、と本気で信じることができる人だけが勝負に勝てる気がする。僕の性格は至って平和で慎重なので、ギャンブルに勝つとは全く思っていない。だから負ける。結果が分かっているから大金の勝負をするつもりはない。
その後、夜行バスの時間があるので早めに引き返した。市内バスに乗ったはいいが、既に夜のため今度は降りる場所がよく分からず、ちょっと早めに降りてしまったのが大間違いだった。ストリップとダウンタウンの間の暗い場所で降りてしまっていた。バス停で待つにも次のバスまでかなり時間があるし、じっとはしていたくない場所だ。僕は肩で風を切りながらかなりのスピードで歩き出した。変なヤツラに声をかけられたりもしたが、必死の僕は、俺様は危ないぞ、というオーラを出しながら高速で移動した。
無事に見覚えのあるモールまで着くと、行きに通ったアーケードの天井が液晶画面になっていて色々なものが映っている。かなりの人が集まり、みんなで上を見上げていた。どうやらある一定の時間にしかこうはならないらしいので、偶然通りかかった僕はラッキーだった。
頑張って帰ったので時間が余った。ディーポへ着いて気が付いたが、手持ちの現金が尽きた。これはピンチだ。コインロッカー代のコインがない。歩き回って店を探し、なんとか100ドルのトラベラーズチェックを2ドルのサングラスで崩した。余った時間でカジノに入ってみた。貧乏人用に1回5¢のマシンがあるのだが、それに勝ち続けてしまいびっくりしたね!時間もぎりぎりになり、これが最後の最後だ、とばかり勝った5¢を全部賭けたらキレイさっぱり負けた。僕の勝負運はこの程度だ。
こうして僕のラスベガス冒険は終わった。ポルノのビラが日本並みに撒き散らされていた街。人に無限のチャンスの可能性を注ぎ込んでくれる街。こんなに魅力的な街を僕はこれまで知らなかったよ。あなたも唯一無二の存在だから、私はあなたのことを永遠に忘れずこの胸に仕舞い込みましょう。あなたに逢えて良かった。有意義な出逢いだった。僕の血肉となって、エンターテインメントの精神を教えてください。さようなら、ラスベガスの街よ!
ロサンゼルスへのバスは混んでいて、2台目が出る程だった。僕は運良く2台目に乗れて、しかも隣に誰も座ってこなかったので横になって眠れた。フラグスタッフからヨセミテへの強行軍はまだまだ中盤だ。これからは接続の時間もはっきりしていないことだし、安心して眠れるのは今だけだね。