2022年8月14日
素晴らしき大阪城、2回目の訪問をして多数の写真撮影スポットを知った。
我ながら名作ばかりになって、ますます大阪城の魅力に引き寄せられた感じ。
これがベストでした、北仕切門の内堀沿い、天守閣と石垣だけでも素晴らしいのに和船がやってきた瞬間は興奮した。
大阪歴史博物館10Fの下りエレベーターからの大阪城一望。
窓ガラスに光が反射するから暗幕を使う必要あるけど、この俯瞰図は素晴らしいの一言。
西の丸庭園の芝生にカメラを直置きして、芝生を前ボケにとる大阪城天守閣。
生国魂神社お旅所跡からの石垣4連続は美しい、私のような石垣ファンにはたまりません。
大手口土橋それ自体が美しいが、橋の横側からとる石垣。
同じく大手口土橋、Zの形になった内堀と石垣。
大手門と大手口多門櫓の枡形、この死地も建築物として見ると美しいの一言。
桜の大手口多門櫓はもちろん、緑色の季節も圧巻ね。
豊國神社の秀吉公銅像。
内濠と高層ビル、和船が合わさると更に良い。
伊丹空港が近いから、天守そばに飛行機が撮れる、なんとも不思議な。
玉造門跡からの天守閣、緑の木々に碧の屋根。
青屋門。
青屋門からの天守閣。
西の丸庭園からの内堀。
大阪歴史博物館からの広角レンズでの撮影。
西の丸庭園から正体した天守閣。
高層ビルと芝生と天守閣、西の丸庭園から。
極楽橋と一緒に。
隠し曲輪の石垣には、刻石がいっぱい。
蛸石は王者の風格、前ボケに葉っぱを使って撮影してみた。
2021年3月26日
大阪の中心地にある都会な大阪城なんて、戦国時代のロマンもない都会人と背を向けていた。
まぁそれも間違いではないが、初めて訪れた大阪城はセンスと遺構に溢れた素晴らしき城だったのだよ。
大手道からの大手門、ここの夜景シーンはもうドラマで、戦国アート。
この光景だけで、大阪で暮らす人々に嫉妬した。
桜の大阪城をお城Vlogに撮ろうとやってきた僕だったのに、夕暮れから暗闇に差し掛かって、主題は別の方向に。
そう、夜でも城内に入れる城には限りがあるが、大阪城は実に自由に出入りできる。
この戦国風美術館のごとしセンス溢れるお城の夜景撮りに集中した。
桜門枡形虎口の蛸石(正面の巨石)にはびっくりしたよ、門と天守の間にあって圧倒的な存在感!
なんとなくのイメージ、大阪城=太閤はんのお城、豊臣秀吉公の大坂城。
でも調べてみると、大坂の夏の陣で大阪城は破城に近いところまで消されている。
徳川家康の跡を継いだ徳川秀忠の時代に、フルモデルチェンジして生まれ変わっている大阪城。
今の大阪城は「徳川大阪城」だったのだ、豊臣家の遺構は少ない。
歴史の勝者だけが常に自分の存在を残せるもの、三河者が築城した大阪城なんて不思議?
天守閣からの景色は現在のビジネス街も見えるし、内堀と外堀も俯瞰することができる。
それにしても巨大な城郭ね、夥しい数の石垣に圧倒されてしまう。
そして大阪市一番の桜の名所でもある大阪城、それは華やかな城内だった。
無料で入れる大阪城公園、コロナ禍といえど市民の憩いの場、素晴らしき大阪の宝物ね。
現代で見る縄張りは全て江戸時代・徳川家のものだってさ、その地表下に豊臣大阪城が眠っている、という伝説。
夜景と桜と徳川家の大阪城、紛れもない現代の名城、君訪れるべし。
真田幸村(信繁)に関する史跡が、大阪城近辺にはいくつかある。
幸村ファンの私としては、訪問せずにはいられなかった。
真田丸があった三光神社、幸村の像。
大阪城をぐるりと囲んだ外堀の外、大阪城と真田丸の位置関係が良く分かった。
この抜け穴が大阪城と繋がっていたという、まぁそれはないのでしょうが。
心眼寺にある出丸城跡、小高い丘の上の真田丸というイメージが湧いた。
天王寺公園内にある茶臼山。
大阪冬の陣で徳川家康本陣となり、大阪夏の陣では真田幸村本陣となった場所。
低山というか標高26mの丘、ここは前方後円墳だと。
徳川家紋に、真田家紋、それを見て歴史を感じる。
すぐそこには通天閣。
すぐ近くの安居神社で、真田幸村戦死跡之碑に敬礼、真田幸村(信繁)の史跡を巡る大阪小旅行でした。