詩的日記

ウエストイエローストーン→ソルトレイクシティ移動、見習い芸術家の冒険6話

8月28日(水)

  早く起きるつもりが、なかなか起きられなかった。疲れが溜まっているのか、それとも今日は冒険がないので気が緩んでいるだけか。昨日までの理想的な目覚めと全然違った。だらだらとテントを出ると、天候はキレイに回復しているではないか!これはなによりだ!

  今朝も自炊にチャレンジだ。白米を炊いたり、スパゲッティを茹でたりするが、何度やっても難しい。飯盒を持ってこれば良かった。それか、普通の鍋でも上手に米を炊く方法を勉強してこれば良かった。米炊きは途中で水ばかり足すことになってしまって全然駄目だ。半端な温度のお湯で茹でたスパゲッティは凄くまずい。我ながら本当にまずくて、無理矢理味をつけなくては咽喉を通らないぐらいだ。だが、僕の身体はそれでも快く受け入れてくれる。アイツは大人だ、今の状況を良く分かっている。味が悪かろうとも冒険旅行に必要な栄養を摂らなきゃならないと悟っているのだ。頼もしいヤツだ。いつか贅沢をさせてやるから、どうか今は耐えて下さいね。

  食事とは満足に呼べないような食事が終わると、荷物を整理してテントをたたむ。ありがとう、楽しいテント生活を過ごすことができたよ。丸3日もシャワーを浴びていない僕を受け入れただなんて、君はいいヤツだな。僕にしてくれたその親切なもてなしを、どうか他の人にもしてあげて下さい。ありがとう、さようなら、マディソンキャンプ場。

  久々に重量級の荷物を積んでウエストイエローストーンまで戻る。この荷物があろうとも23kmなんて大した距離ではないよ。ここ3日間の経験がモノを言ったのか、僕のマウンテンバイクは好ペースで距離を稼いだ。またバッファローの群れに出くわして数十分間時間を取られたが、順調に走り続けた。

  ゲートをくぐると、そのまま自転車屋へ直行した。借りた時の人とは違う人に返したからかな、追加料金は一切取られなかった。嬉しいね~。もう一日分支払うことは覚悟していたのに。

  それはともかくどうもありがとう、マウンテンバイク。君とは沢山の感動を共にしたね。君はいつも僕を幸せの場所へと運んでくれた。最高の感謝を贈りたい。受け取ってくれますか、僕のこの感謝の気持ちを。

  その後で急いでグレイハウンドのオフィスに行くとソルトレイクシティ行きのバスは2時間遅れの、午後2時出発だと聞かされる。数人が路地肩に座り込んでバスを待っていたので、僕もゆっくり構えて待つことにした。間もなく新たな情報が入ってきて、バスは更に遅れ、到着はなんと5時頃になるとのこと。

仕方ないだろう。この町からソルトレイクシティに行くためにはこのバスに乗るしか方法が見当たらないのだし、待つことしか僕にはできない。

  退屈な待ち時間は食事をしたり、エドガー・アラン・ポーの小説を読んだりしてつぶしていた。バス待ちの人数が増えていた。みんな路地肩に座んで思い思いの時間を過ごしている。

 僕には心配事があった。バスがここを5時に出ると、ソルトレイクシティ到着は深夜になるだろう。それも、ホテルを探すような時間帯ではなく、午前1時や2時というどうしようもない時間帯になるに違いない。初めての街で深夜に到着するのは心配だが、僕が守るものは自分の身体ひとつ、まぁ、なんとかなるだろう。また、ここは先に進むしか道はない。きっとなんとかなる。今までの経験上、なんとかなると感じている。そして、イエローストーンで経験を得たせいか僕には必ずなんとかさせられるという自信があった。だから僕はひたすら待ち続けるのだった。

  4時過ぎにようやくバスが来て、4時半には出発になった。到着後のことを考えれば、今の内に眠っておくに越したことはないが、僕には無理だった。昼間から眠ることがどうしてもできない。沢山ある時間は、ライト故障でまだ書いていなかったイエローストーンでの冒険日記の執筆に当てることにした。この数日間の出来事を一気に吐き出して楽になっておこう。

  日記を書いている内に夜がやってきた。隣のシートを使ってできるだけ横になりながら、僕は向かいの窓越しに月を見ていた。ほとんど満月だ。余り眠れないバスのシートと空白の時間。考えることも空虚なのだ。到着後の不安がどうしようもなく降りかかってくるが、空虚な僕の頭は不安をひらりと躱す。なんだ、ただ何も考えていないだけだったか。こんな真っ白な時間に月が真ん丸いというのが強烈な皮肉の様に思えたが、至極当然のことだったかもしれないとも思った。

  遅れを意識したバスはろくに休憩も取らずひたすら道を急ぎ、午前1時過ぎには街に着いた。窓からは奇麗に光る聖堂のようなものが見えた。ここがソルトレイクシティらしい。乗客たちは当然他の便に乗り継ぐことができない。あるおばさんがカウンターの係員に猛烈な抗議をしていた。ホテルをそっちで用意しろ、と強く言っている。客として当然な要求だと思う。みっともないが僕もその結果に便乗しようと近くで様子を見ていた。

  しかし係員は「それはできない」の一点ばりだ。抗議はなおも続けられ、しばらくしてようやくおばさんがやや譲歩して「それならばベンチで寝るのは嫌だから、せめてバスの中で眠らせろ!」と要求したが、なんと係員はそれも無下に断るではないか!使われていないバスが何台もバスディーポ内に停めてあるのに、それすらも開放しないという対応にはびっくりしたよ。

代替便も全くないし、つまり遅れたのはグレイハウンド社だが、乗客はそのままほったらかしにして、グレイハウンド社として何ひとつ対応しないという結論に徹するのらしい。これは幾らなんでも驚きだ。こんなことが起こりうる国だとは聞いていたが、まさかそれを自分自身が経験するとは思ってもいなかった。

  もう一人、近くのカウンターで抗議をしていた背の低いアフロアメリカン系の兄ちゃんが煮え切らない係員に対して逆上し、英語の最上級の罵り言葉をぶつけていた。その言葉を受けた時の係員の顔といったらなかった。何故この私がその最低最悪の言葉を受けなくていけない、といった困惑の表情をしていた。

確かにバスの遅れは直接その係員のせいではなく、グレイハウンドの大きな歯車の中で責任の所在は有耶無耶になってしまったのだろうが、客も客で必死だ。ここは今のグレイハウンド社の代表であるここのディーポの係員が何らかの救済をしなくては、客は全員ベンチで夜を明かさなくてはならなくなる。

  なおも抗議は続けられたが、係員の余りに非協力的な態度にそのうちみんな怒りを通り越して呆れ返ってしまった。諦めたのか一人また一人とベンチに横になりだした。僕もそうするかと腹を決め、とりあえず重い荷物はコインロッカーに預けた。この街には0泊だし、考え様によってはこれで丁度いい。宿代が浮いた。このままディーポで朝を迎え、昼間この街を見て、夜の便で次の目的地へ行こう。次はロッキーマウンテン国立公園へのゲートシティであるデンバーだ。今晩の行く当てがないのが僕一人ではないということで安心した。ベンチに横になって目を閉じる。

  あ~これで何とかなったと言えるのかなぁ?まぁ、なんとかなったと思い込むことにしよう。




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