松代城の真田邸を見て回る。
戦国武将の中でも英雄揃いの真田家の栄光に触れてみたい。
そんな期待だったが、真田邸を歩いていたら違うものを感じた。
ここは日本の美の宝庫だ、派手な武功ではなく、簡素で美しいものが並んでいる。
歴史を考えればそれも当然で、この真田邸は松代藩9代藩主が1864年に建てたとあるから、戦国時代から長い時間が過ぎている。
より実用的で、かつ経費を抑えた形のものが求められた時期なのだろう。
質素なお部屋と、手入れの行き届いた庭園が合わさったセンスが見事。
戦国時代の荒々しさではなくて、貴族の華々しさはもちろんなくて、平和な江戸時代を感じさせてくれるようだが、そんな安直な印象は正解だろうか。
まぁ考えれば、この食事だって畳だって当時の高級品か、質素ではなく、贅沢×贅沢のセンスね。
調べてみると、松代藩の真田家は10万石の大名、これは徳川幕府内では格上の大名になるから、立派なお金持ちの家だな。
どの角度からも座って見て楽しめるようにデザインされた庭園、ここで座って何を想う?
海津城から出発する川中島トレイルランニングの前に立ち寄った真田邸の写真。
真田邸と川中島の戦いは、同じ戦国時代のようで、実はまるっきり異なっている。
戦国時代後の真田邸、戦国時代真っ只中の川中島の戦い、平和と非平和の対比。
美しいものを見つけた、日本の伝統、僕が憧れてやまない先人たちのセンス。
そんな真田邸訪問になり、背筋がピンと伸びた気分がしたよ。
海津城、僕にとっては海津城、決して松代城ではなく。
川中島トレイルランニングをする僕は、海津城から走り出す。
武田軍別働隊が啄木鳥戦法で、妻女山の上杉軍へ攻めかかるように。
そして武田軍本隊は川中島へと密かに移動していく。
昔はもっと千曲川沿いにあったという海津城、天然の堀を利用した鉄壁の守りだったのだろう。
海津城本丸跡に登ると、八幡原も妻女山方面も見渡すことができる。
これが武田信玄が見ていた景色に近いものか。
もちろん時代環境が異なるから同一ではないものの、自分が信玄になった気分。
今では血の匂いもせず、ただの美しいお城の芸術、桜の名所でもある海津城。
その昔、生臭い生存競争の舞台であったことはもう忘れてしまいたい記憶なのだろう。
真田信之から続いた真田松代藩10万石では、松代城という名前で真田氏の居城となった。
それでも僕にとっては海津城、ここから深夜に出陣していった武田別動隊のことを思い浮かべながら。
参考川中島の戦いトレイルランニング写真、海津城~妻女山~八幡原を走る
川中島の戦い、子供の頃からずっと気になっていた。 啄木鳥戦法を見破った上杉謙信が、武田信玄の本陣に切り込むイメージ。 謙信の刀を軍配で受け止めた信玄、英雄同士の直接対決。 大人になるともうちょっと知識 ...
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