芝刈り~合理の国・アメリカの、非合理な文化。
アメリカらしい広い庭に憧れて一戸建てに住むことをしたのに、
冬を越えて春先から初夏、庭の芝生が鬱蒼と茂ってくると焦りを感じた。
芝生が長いと近所から善い隣人とは見られない。
この国では芝生の手入れは当たり前。
アバウトなアメリカ人たち(失礼!)が唯一細かくこだわるのが、芝生。
刈り込まれた芝生はアメリカンドリームの象徴なのだから。

前の家主が残した小さな電動芝刈り機を使ってみたら時間がかかること。
刈った芝生をいちいちゴミ袋に入れていたが、それも大変な苦労。
そのうちに「打ち捨て(刈ったまま、その場に放置)」にしたが、それで十分。
ポイントは芝生が長くなるまで溜めないことだ、1週間~10日おきに刈っておけば打ち捨てで大丈夫。
放っておけば周囲の芝生たちに溶け込んでいく。
長くなってから刈った草は、数日置くと色が変わるだけでその場から消えてくれない。
あれはやっかいだから、やはり小まめに芝刈りをしろということか。

庭いじりには興味がある僕だから、
普通サイズのPushing Mower(手押し式芝刈り機)を買いに行ってみた。
200ドル前後で売っている芝刈り機が一般的のようだ。
店のおじさんに「お前の庭は何ヤードあるんだ?」と聞かれても答えられない。
ヤードを単位にされると感覚が湧かないよ。
それはともかく、品決めした後で店のおじさんに「Enjoy!」と言われたのは驚いた。
アメリカ人は芝刈りを雑務としてではなく、レジャーとして捉えるのかな。
お店で食べ物が出てきた時に使う言葉だよね、「Enjoy!」って。
なんだか象徴的な一言に感じて、文化が違うことを改めて体感した。

芝刈り機の一般的な燃料はガソリン。
ガソリンスタンドで、小さな専用ケースに自分でガソリンを入れるのは緊張した。
日本では自分で入れることは禁止されているのに、アメリカでは合法。
ガソリンって静電気でも引火することがあるのに、車に乗せて運び、家で保管して大丈夫なの?
慣れない僕は冷や汗をかきながら、ガソリンを車でガレージに持ち帰る。
芝刈り機をセットアップしようと、エンジンオイルとガソリンを入れ、スタートケーブルを引いても動かない。
焦って説明書を読み返し、youtubeの動画を見ても分からない。
何度もトライしても分からなくて、自分にがっかりしながら、その日は諦めた。

別の日、ガレージでいじっていると斜め向かいの家の方が立ち寄ってくれ、思わず助けを頼むと親切にしてくれた。
ハンドルの一番下部分が最初は短く固定されているので、それを長めにしないとエンジンがかからない。
出荷時のサイズをコンパクトにするために、そんなShip Modeになっているとは分からなかった。
ついにエンジンがかかった時の嬉しさときたら!

使ってみると、普通のアメリカ人家庭が使っているサイズの芝刈り機は楽だし、効率的。
手押し式の芝刈り機があれば、そう苦労することもなく 芝刈り ができるから、誰にでもおすすめだ。
| Q.ガソリンって何をどこでどうやって買うの? |
| A.レギュラーガソリン(Regular/Unleaded)を、 普通の車用のガソリンスタンドで、芝刈り機専用の小型タンクに入れて買う。 |
独特のエンジン音を聞きながら、芝刈り機を手押しし、我が家の庭を往復させる。
刈り込み方にも美学があって、刈り残った草がモヒカン状態になっていたら笑われるとか。
1時間ばかり念入りに芝刈りしてみると、段々と楽しささえ覚えてきた。
適度な運動で身体中から汗が出てくる。
これがEnjoy!ってことか。

会社帰りの夕方、窓越しに庭の芝生を眺めていたら、手入れして素敵なグリーンになった庭を、
我が家の庭に住みついた野生の兎さんが、全力で走り抜けていった。
刈り込まれてエサのミミズとかが探しやすくなったのか、小鳥さんの数が心持ち増えた。
たまらない満足感、アメリカで芝刈りをやって良かったな。
芝刈り機における僕の冒険日記でした。

アメリカの芝刈り機の種類 手押し式?自走式?自分が乗るタイプ?
ただ緑が並んでいても美しいとは言わない。
芝生でなければダメ、そう、アメリカではタンポポや雑草が混じった芝生は落第者の印。
あっ、それは世界どこでも同じか。
天然モノの芝生を愛するとLOHASを気取って除草剤を捲かずにいようものなら、
数か月後にはアメリカの庭は青々とした芝生からタンポポ畑に、雑草畑に姿を変えてしまう。
近隣の人たちは眉をひそめるよ。

オマエの庭の雑草は、次には隣の家の庭に雑草を広める。
アメリカの勝者の証のひとつ、手入れが行き届いた庭のキレイな芝生。
芝生の手入れは近所付き合いに影響する。
誰だってもう芝生の雑草取り、芝刈機に無関心ではいられない、アメリカの一戸建ての家では。
そこで売られているのが芝生を注ぎ足すキットだ。
Grass Seedsと書かれてあるから、そのまま芝生の種。
フサフサしていなくて、毛の寂しくなった芝生スペースがあれば、この芝生の種を捲いて、多めに水を与える。
春から初夏までが芝生を育てるベストシーズン。
一週間もすればそこそこに根付き、芝生の穴は埋められる。
定期的な芝刈りだけではない、アメリカの芝生文化。
雑草が定着しないように除草剤を捲くし、雑草はスコップで根元から手作業で取り除く労力を惜しまない。
ホームセンターで売っているアメリカの芝刈機の多種多様ぶりには驚き、少し呆れ、いいや豊かな文化を感じる。
きっとその手の人たちにとっては道具モノの違いを楽しむ場なのだろう、このアメリカの芝刈機は。
金をかけて広い庭のある家に住み、時間をかけて庭の芝刈りをし、芝生が痩せ細らないよう手入れをする。
それができる人がアメリカでの成功者?
日本人が色々なことで見栄を張り合うことのアメリカ版が、芝生・芝刈機?
実利がないけど、アメリカ人全般の趣味だからそこに理由はいらないの?
どう考えても僕を頷かせる答えにはならなくて、ただアメリカの芝生文化が僕を動かし、
緑豊かでワサワサとした芝生の養生に向かわせる。
芝生の種をウォールマートで安く大量に買って、雨の降る直前にハナサカじいさんのようにあちこちにバラまけばいいんでしょ。
安直な僕の考えはきっと間違っているのだろう、アメリカの芝刈り文化を体得する僕の試みは続いていく。
手押し式の芝刈機から、自走式芝刈機へ、その次は上に自分が乗るタイプの芝刈機にアップグレードすればよい?
いや、いっそ掃除機ルンバのような自動で芝刈をしてくれるロボット芝刈機を買えばみんなの尊敬を集められる?

アメリカに住む彼は自分で押すタイプの芝刈機を出して、ひとしきり前庭の伸び切った芝生を刈り終えると、
細かい部分に刃が届く小型の手持ち電動芝刈機に持ちかえて、隅っこや芝刈り機が入らない場所の草を整え始めた。
その様を見て、理髪店の方が切り残りを調整するために小さなハサミに持ちかえる姿を連想したな。
いつもはテキトーで、ゴミ分別は全くしなくて、家の壁際は隙間だらけで、
車の運転もワイルドで、 細部まるでおかまいなしの大雑把なアメリカ人なのに、
そんなに芝刈機だけはプロ職人のようなこだわりを 持っているのね、と分かった時、呆れるのを通り越して何だか笑えてきた。
美しく整った芝生は野生がリスやウサギを呼び込むのなら分かるけど、
実は除草剤を散布させて雑草を拒否し、芝生だけをPureに育てたアメリカの芝生に動物が吸い込まれることもない。
むしろ逆に人工的天然芝生には野生動物も近付かない。
やることなすことみなアバウトなアメリカ人の彼にもそんな精密な仕事ができるのだと発見できたことが、
嫌味ではなく、この芝刈り機トークでの最大の発見だった。
そのやる気を日本料理の下ごしらえに使ってくれないかな、
考えた書類整理に用いてくれないかな、なんて空想している私。
美学って、生来植え付けられている文化風習って、制限を振り切るのね。
青い芝生を愛でる気持ちなら、アメリカ人の彼は大きなものを持っていて、
そんな側面を見せつけられるとアメリカの芝刈り機には一目置かないといけないって、本気で思った。
