
まとめ
- 吉野駅〜熊野本宮大社の逆峰100km、4泊4.5日、20万歩、50時間歩いた
- 49歳、フルマラソンサブ4/トレイルランナーの体力あり、荷物は超軽量化派
- フルサイズカメラ/レンズ(SONY α7CII+SEL40F25G)で撮影、山歩きと風景写真を両立
0.5日目 吉野駅〜二蔵小屋 13km/5時間45分
2026年5月2日
私の大峯奥駈道100kmは吉野駅から始まった。
その後数日でどんな山道をどれだけ歩くかも知らず、ただ冒険心だけを掌の中に、新しい自分になれると決めて。
昼12:30に歩き出す、周りはゴールデンウィークの吉野山観光を楽しむ人たち、良い季節だからね。

金剛峯寺で出発祈願と思ったけど、入場チケット買うのに並んでいたのでパスして歩き続ける。
今回は逆峰と呼ばれる大峯奥駈道の歩き順にした、奈良県の吉野山から和歌山県の熊野本宮大社までの約100km。
本当は近鉄吉野線の六田(むだ)駅で降りて、柳の渡し ・六田宿からスタートするのが本来のルートなのだが
下千本まで歩くのが車道沿いになること、吉野まで来るバスの都合上お昼スタートなので、電車で吉野駅までワープした。

1時間も登っていると、さっきの金剛峯寺がもう眼下に。
しかし吉野駅〜吉野山駅〜下千本〜金剛峯寺〜中千本〜上千本〜奥千本という道がこんなにハードとは。
観光客が歩く道だから余裕かなと思っていたのに、吉野駅(標高227m)・金峯神社(標高750m)の標高差よ。
慣れない重い荷物を背負ってのアスファルト道路登りを500m差分もするとは思わなかった。

仏像の中で不動明王が一番好きな私、この大峯奥駈道では幾体かの不動明王に出会えそうな情報をウェブで得ていた。
もちろんカメラで撮るさ、メイン趣味がカメラである私、今回のようなハードワークアウトだろうがスマホ写真で済ませる気はなし。
フルサイズカメラ(SONY α7CII)と単焦点レンズ(SEL40F25G)、合わせて700gという軽量小型化を実現させて来た。
大峯奥駈道の踏破、風景写真家としてはその過程を撮影、二つの狙いと楽しみを私は持っている。

吉野水分神社あたりから人が少なくなってきて、いよいよ大峯奥駈道が始まるのだと感じ始める。
そうそう、吉野水分神社の前付近に自動販売機があったよ、中千本あたりで最後の自動販売機だと思っていたのに。

金峯神社から大峯奥駈道が始まった、吉野駅から歩き始めて2時間も経過していた。

Ultralight/ULを気取ったとはいえ背負った荷物は8kgぐらい、全然軽くない。。
シュラフとマット(どちらもモンベルで買った小型軽量タイプ)、水2リットルと大量の食料(アルファ米・カロリーメイト)。
生死に関わるのでツェルトに近い小型テントもバックパックの中に詰め込んでいる。
とにかく5日分食料が嵩張って重い、腰ベルトのない25Lザックでは辛い、本来は45L/15kgぐらいの荷物で臨む大峯奥駈道。

このバスの写真だけはスマホで撮りました!
ゴールの熊野本宮大社近くに車を停めて今朝7:14に本宮バス停発→五条駅10:57着、そこから吉野口駅乗り換えして吉野駅まで。
4時間近くもかかるバスなんて初めて、途中3回も休憩(トイレ含めて)があって、アメリカのグレイハウンドバス以来の長距離バス。
バス代も¥3,750、ありがたい足なので喜んで払いますが。
この4時間100kmの距離を、ちょうど自分の足で歩いて帰ると思うと分かりやすい、方角的にもその考え方で正しい。

青根ヶ峰の前から完全に山歩きになった、もはやどこにも観光要素はない、ただただ歩くのみ、そしてこれがあと何十時間も続く。

四寸岩山が見えて来た時にはびっくりした、随分と急角度なお山、標高1235mもあるから400m近くも登るという初日の難敵。

なんとか越えて進むと景色はこの通り山上から見下ろすように様変わり。

足摺茶屋のドアを開けると中は上の写真の通り、横になる幅のベンチはない。
さらに進んで本日泊まる二蔵小屋に到着したのが18:15、もうほぼ埋まっていたが声をかけて私分のスペースをいただけた。
外でアルファ米を水で戻して食事とっていたら、震度2ぐらいの地震が来て二蔵宿小屋が揺れた。
19:00前には就寝、まだ辺りに薄明かりが残っているが、山小屋にいると18-19時で眠れるのは不思議というか当然というか。
こうして0.5日目の吉野駅〜二蔵小屋、13km/5時間45分/23000歩は完了、まぁ良い身体慣らしになった。
1.5日目 二蔵小屋〜行者還小屋 18km/12時間
2026年5月3日
二蔵小屋内は快適で外の寒さはそう感じない、シュラフにくるまった後で2階があったのに気付いた。
ぐっすり眠って、でも早朝から人が動いて準備している気配、その後5時過ぎまで寝続けてしまった私、ちょっと遅い。
モンベルのリゾッタで朝ご飯、軽量化のためにお湯沸かしのバーナーは持参せずなので、常温の水で戻すとまぁまぁ食べれる。

5:45に二蔵小屋からスタート、そのままずっと平坦な道を歩いていて、「今のところは平和だなぁ〜」と余裕。
すると目の前に沢が出てきて水量の豊富さに「一昨日の雨の影響かしら」と呑気なもの。
ここで地図を確認して、ハッと気が付いた、大天井ヶ岳を登らない巻道を間違って歩き続けている!
戻ろうかと思った、ズルをするつもりもなかったから、でももうかなり歩いて来ている。

7:02女人結界門、そこからは分岐路に来るたびに立ち止まり、地図を開いて道を確認するようになった。
「女」の文字が復元されていたことに関係者のプライドを感じた、
性別差別じゃなくて区別、修行中の身に性欲という俗なものを混ぜてはいけない、という理由だったら分かる気はする。

五番関からは登りになってくれ、さっきの罪悪感がちょっと消えた。そして一般登山客の数がここから増えた。

蛇腹からはついに鎖場が登場!

8:27到着、洞辻茶屋は立派、お店で商品が売っているし、修行者と登山客がいっぱいいる。

その先のアーケード式の茶屋さんが珍しい光景、まるで集落のようだ、人の気配を感じる。

人とすれ違うときの挨拶がここからは「ようお参り」に変わった、修験道の聖地・大峯山寺(山上ヶ岳)を感じる。

写真は撮らないが修験者の白装束をした方々とすれ違うことが幾度も。

9:39西の覗、登っている時に遠くから聞こえて来ていた法螺貝や修験者たちの姿はない(もっと早朝に終わっている)。

怖いから西の覗から真下は除けないけど、一帯の景色は写真に撮ってみる。

立派な宿坊群をこえて大峯山寺の山門をくぐったのが9:53。

山上ヶ岳1719mの頂上はお花畑。

大峯山寺の堂内に見入ってしまう、こんな場所にこんな立派なお堂があるとは修験者たちの意思は固い。

10:44小笹の宿、水量豊富な沢でいっぱい水を飲んでリフレッシュ。

阿弥陀森あたりでコースアウトした、女人結界門も見た記憶がない、ルートのまま直進したら柏木方面の細い道に出た。
だいぶ焦ってあちこち歩いてなんとか復活した、沢を見つけて写真を撮っているのは不思議ね11:28のこと。

12:25脇宿、地図に分岐注意わかりにくいと書いてあるのでしっかり見て歩いたことは覚えている。

大峯奥駈道を感じるお札、縦走の成功を願う気持ち。

難敵・大小の普賢岳、この一帯は登り下りの繰り返し。

国見岳前後の鎖場連続は注意が必要、雨も降ってきて気温も下がり、安物のカッパ(雨予報はこの数時間のみ)を取り出した。

行者還小屋へ急ぐ下り坂、行者零水からはちゃんと水も出ていた。
17:45到着、18km/12時間/35000歩。
20人泊まれる行者還小屋は立派、2階にスペース確保出来て雨風凌げるし快適な快適な睡眠取ることが出来たのでした。
2.5日目 行者還小屋〜深仙小屋 18km/13時間
2026年5月4日
5:00に行者還小屋を出る、昨夜は雨で今日も9-10時までは雨予報だったのが、外に出てみると雨は止んでいる僥倖!

むしろ霧で暑さも遮られて、心地良い天候の中、早朝の優しい外音聞きながらの素敵な歩きを得た。

景色も良くて穏やかな山歩きをしばらく堪能、この時期は4:30-5:00に歩き始めると良いなもう夜闇が過ぎ去っているから。

足元に草木たちの強い生命力を感じる、踏み潰さないように注意しながら。

こんな可愛い曲がり道の跡がはっきりした場所もあって、ついついカメラを撮り出してしまう。
この中断時間がなければ全行程でもっと時間短縮できただろうに、カメラマンであることも譲れないのが私。

弥山の足元あたりに来るといよいよ濃霧が森を包み始めた。

2日も歩き続けていると考えるネタも無くなってきた、あとどのぐらい歩いたらどこに着く、今日は何時に小屋に着くぞという目標だけ。
1時間歩くことは小さなこと、どうでも良くなってくる、大事なのは今日一日中歩いたゴールが何時でどこかということ。

弥山と聖宝八丁の丸太階段は数が多く角度もきつく、標高差300mなのに永遠に続くかのような試練、悪い意味で記憶に残っている。

8:43弥山頂、なんだかやり切った感でいっぱい。

鹿避けフェンスを幾つも通り過ぎつつ、八経ヶ岳1914mに着いたのが9:15、近畿地方での最高峰になる山。
もう真っ白の眺望、何も見えないけど、ここからはゴールまで下り一方だ、と勝手に決めつけると心が楽になった。

ところがここから私のミスで、痛い経験・得難い経験をした。
弥彦辻の看板を見逃して、コースを外れ、天川川合への頂仙岳星ヶ岳線歩道をずっと下ってしまった。
流石に看板もないな?おかしいな?と思った頃、10:10に日裏山の看板(シラビソとトウヒのちがい)でコースアウトを知る。
頭の中が真っ白になって、自分自身に腹が立って、テンション上がらないからこの歩きで初めて音楽かけて弥彦辻まで戻る。
道間違いか、最近の俺に相応しい、人生という道を失敗した俺様にはね・・と暗い考え方に入っていたら、
東京事変「新しい文明開化」のラスト部分の素晴らしい五重奏に脳天をやられて、ものすごい励まされた。
もう15年以上聞いている音源なのに、私の涙腺崩壊しそうになった、感情が揺さぶられた。
この大峯奥駈道100kmで私が得た最大のもの、「道間違ったけど、これからやり直せば良いさ」の考え方。
私のプライベートな悩みを楽にしてくれたこの経験、こんなのが欲しくて歩いた大峯奥駈道で、でも本当に得られるなんて。

五鈷峰から仙宿跡までの危険地帯、鎖場とロープと崩落箇所、ここらは慎重に進んでいく。

標高が下がると霧を抜けて一帯を見渡せるように、あの道間違いから私は覚醒したのだと思う。

楊子ヶ宿小屋から徒歩4分だという水場に行ったら、そこはもうパラダイス。
ちょっと疲れた身体にいっぱいの水分補給、ごくごくと呑み干す心地良さ。
ここでカロリーメイトと食べながら美味しい水を飲んだ13:08の出来事は忘れない、「沢カフェ」と名付けた贅沢。

仏生ヶ岳あたり、周りの景色がイメージする大峯奥駈道の山岳地帯、になってきた。
この山並みの景色を、この冒険が終わってからも目を閉じれば思い出せるようになりたい。
(実際には写真をスマホに保存して、見返すようにしています!)

孔雀岳の前、普通の登山道なのに鳥の水、というカワイイ水場に14:40到着。
案内出ているから分かったけど、案内なかったら分からない、でも確かに一帯は水の気配は出ていた。

孔雀覗の先、五百羅漢なのかな、岩のアートが出てきたので撮影+かなり写真拡大してみた。

15:39、弥勒岩と釈迦ヶ岳の写真を撮った、この1枚が大峯奥駈道の厳しさを体現していると思うからトップ写真に使った。
ちなみに本当にこの岩の横を抜けてあの山頂へ登ります。

釈迦ヶ岳の途中で強風と日中の雨滑りが残っていて、危険なシーンがあった。
ここは風のなくて明るい時間帯に通過すべきだな、暗くなってからは危険すぎると思う。

16:09、釈迦ヶ岳の山頂(標高1799m)で、風が強く寒さもあるので早々に降っていく、難所は過ぎ去った!

千丈平手前の「かくし水」でたっぷりの水補給、南大峯奥駈道は水場がほぼないので外せない補給場所。
8人しか止まれない深仙宿に急ぎたくて、でも後ろからライバル登山者が来ていたり、急いで慌てて歩き出す。
かくし水から深仙宿への迂回路があるらしいから探して歩いても全然見つからず今回もコースアウト。
会いたいけど、こんな場所では会いたくない古田の森、16:57から戻って深仙宿へ18:00到着、18km/13時間/44000歩。
途中は千丈平の優しい山男が道を教えてくれた、私も今回会えてスマホGSP地図使っておらず紙地図を持っている。
命のためには「やばい時、3回までは使う権利」を自分に課しても良かった。
深仙宿一帯にテントが山ほど張ってあるのを見てがっくり、でも深仙宿に入ってみると狭いスペースがあったので入れさせてもらう。
寝るにもキツい場所だったが、その夜は強風と寒さ、外でテント張っていたらヤバかった。
小屋の中でも寒くて何度も起きたし、だいたい真っ直ぐ眠れないわずかなスペースだったから快適ではない。
不幸中の幸いね、無理矢理でも小屋の中のスペースを確保できた私、山の気温差(深仙宿は標高1500m)から命を守れた。
3.5日目 深仙小屋〜行仙宿 16km/10時間30分
2026年5月5日
5:00時点で風は収まったが、深仙宿周辺の気温は0℃、出発する時はまだ寒かった。

周りのテント人たちはほぼ去っていた、私と逆方向の釈迦ヶ岳へ向かったのなら風が止んだし大正解だね。
さて今晩の宿は大人数が入れる宿が2つも候補にあるし、昨夜で危機は脱出できたと思うとちょっと安心。

キレイな朝日ね、昨夜の暴風がウソのよう。

私の心のゆとりは花をキレイに撮る時間を与えてくれた。

5:40に南奥駈道スタート地点到着、どうやら南奥駈道は山の尾根沿いが中心らしいから、沢は皆無だと。

決して高くない山、低くもない山が続く、登っては下りて、また登って。

ちょうど良い運動ではあるけど、北奥駈道と比べて見所や難所がないから、どうにも単調。

9:12涅槃岳、この手前の長い登りは辛かった。

しかし食料をだいぶ食べたおかげで荷物が軽くなってきたことを感じる、歩きやすくなっているということだ。
一日18kmを歩いても筋肉痛はこないし、足のマメもできていない、日常生活よりも睡眠時間は長いので健康的かも。

こうした案内板を見つけると安心するよ、どこかでルートを外れているのではないかと常に心配。
目印のピンクリボンを探しては一喜一憂する、そんな山登りの連続。

10:35持経宿に着くと、新宮山彦ぐるーぷの皆さんの歓迎+バナナを下さってありがたい、雑談と休憩。
私の軽装を指摘され、次の次の行仙宿にいる青木さんの宣伝を受けた。
かくし水で補給してきたけど、持経宿でもお水をいただけたのも助かる。

持経宿で標高1050mだから標高も下がってきた、緑は美しく、今後は日除けを対応しないといけないほど。

今夜の山小屋・行仙宿は30人入れるし、距離も時間も余裕があるから死ぬ気で歩く必要もなく、これまでにないぐらいにリラックス。

平治宿は通過、しかし南奥駈道は行き交う人の数が乏しい、北との人気差は大きい。

11:18倶利伽羅岳、標高1252mまで上がった。

下ってまた上がる、行仙岳の山頂に14:14、標高1226mだと。

15:30に行仙宿(標高1100m)に到着、今日は16km/10時間半/34000歩しか歩かなかった。
志納金¥2000でキレイな山小屋に泊めさせてもらう、夕食に豚汁とうどんが出て、そこにいたみんなで夜8時前まで山雑談。
どうやら明日中に熊野本宮大社まで行くのはキツいらしいが、早朝に出ればチャンスはありそう。
みんなの装備やら、これまでの山活動歴を語り合い、青木さんのMAPやオニヤンマくんのこと、私はトレイルランナーに見えること。
温かい小屋内、人柄も温かく、あと大峯奥駈道手拭いを買って、笑いのある山小屋ライフを過ごした。
4.5日目 行仙宿〜熊野本宮大社 35km/14時間50分
2026年5月6日
4:45に行仙宿を出立、外に明るさがギリギリ入るからライトもいらない、今日は先を急ぐから。
順当に玉置神社で1泊するか、それとも一気に熊野本宮大社まで走り切ってしまうか、まさに勝負なのだ。

もう自分の山レベルは分かった気がする、超エキスパートでもないが、この大峯奥駈道を歩くような人たちと比べてもちょっと上。
なんでも70点取れる私は、山レベルでも同様なのでしょう。
今回は装備と準備に時間と金をあまりかけなかった、だってもうこんな連泊山旅はしないから、既存の持ち物で凌ぎ切ろうと。

5:08のサンライズ、この写真が今後の私の人生にずっと残ればいいな、目を閉じれば思い出す、大峯奥駈道での山並み。

鳥さんが「1B, 1B, 1B」とずっとさえずっていた、だからきっと「イチビー」なのだろう。
今日を頑張って歩き切って現実に帰ろう、仕事・デジタル・スマホ・飽食から隔離した日々もきっと今日で終わり。

笠捨山前後の急登り下りを突破、また現れた鎖場。

続いて槍ヶ岳なんていう大袈裟な名前の山、と思ったら本当に危険な登り下りの連続の山。

不動明王の羂索が僕を引き止めてくれるさ、しかしこの大峯奥駈道では多くの不動明王に出逢えた。

香精山(1122m)から古屋の辻(660m)までは長い長い下り、550m差を下る。
この前後で独走していた私にライバル出現、昨夜同じ宿にいた早そうな人、抜いたり抜かれたりして勝負モードに。

如意宝珠岳でまた上がって下がって、玉置山へとまた上がっていく。

しかし我がペースでとても順調、12時前後には玉置神社について、更に8時間で本宮大社着、暗くなる直前。

行けるぞ、玉置神社の駐車場で冴えないテント泊して半日使うぐらいなら、気力体力出し切って一気に熊野本宮大社まで。
そう思うとペースは上がり、ライバルの登山者を抜き去っていつも以上の力が身体中にみなぎってきた。

10:33世界遺産の碑、こういうセルフタイマー自撮りしなかったらもっと早いのにカメラマン的記録は残しておきたい。

お花もが私のゴールを祝福してくれる、そんな気分になっていた。

とはいえ玉置山は長い道のりだった、10:51に山頂を通過。

急坂を下って、11:07に本殿でご挨拶、写真は人影を消したので不自然な跡があります。

駐車場のうどんを宿で勧められていたので行ったら11:30と早く、うどんはまだやっていなかった。
めはり寿司を2つ買い、1つはすぐ食べ、1つはバックパックに入れて午後に食べることに、自動販売機の水も売り切れだった。

玉置辻の林道に入ってしまい40分ぐらいタイムロスしたのは泣ける話、大森山は手強い相手だった。

15:13、五大尊岳あたりは長かったな、登り下りはキツくなくても距離が長い、先を急ぐ私にタイムストップをかけてくるお相手。
大峯奥駈道で出会った野生動物たち、カエル・鹿・リス・猿。

金剛多和の先の水場(南大峯奥駈道で稀な水場)は素晴らしかった、疲れた身体に生気、カロリーメイトで沢カフェAgainを16:34に。

終わらない山道、これだともう到着が闇の中になってしまうと思って、全力振り絞って歩き続ける、興奮で疲れは感じない。
大黒岳16:53、上の写真の大斎原大鳥居ビューポイントに18:21、相当なペースで歩いてもゴールが見えない。

七越の峰の車道を全力ダッシュ、備崎経塚の最後の登り下りは懐中電灯を使って突破、もう闇がすぐ後ろまで迫ってきていた。

でもクリアできた、熊野川を歩いて渡るところを、わずかに夕日の灯りが残っている19:01にセルフタイマー写真で撮影成功。
実質この時が僕の大峯奥駈道ゴール、14時間以上歩いているのに興奮で相当な元気ぶり。

ここ数日の雨で増水した熊野川は河原から1m進んだらもう危険、セルフタイマーは捉えていました私が進み過ぎてコケる姿を。

備崎橋を渡って、車道沿いを歩いて熊野本宮大社まで、17時をとうに過ぎていてお参りはできなかったけど。
19:35にここで本当のゴール、14時間50分/35km/64000歩を歩き切った最後の大勝負でした。
終わった直後、自動販売機から出てきたコーラを飲んだ時の爽やかさは忘れられないね!
熊野本宮大社
ただ歩くだけでもない大峯奥駈道、周辺の素晴らしい見所、写真スポットをガチカメラで撮影したものも載せておこう。

大斎原大鳥居、この大斎原(おおゆのはら)は熊野川・音無川・岩田川の合流点にある中洲で、いにしえの熊野本宮大社はここにあった。

熊野本宮大社の大鳥居、現代の大峯奥駈道はまぁここがゴールなのでしょう、参拝は17時までですので注意!

参道階段を上がる、こここそ大峯奥駈道で最後の最後の登り!

主祭殿の証誠殿、ここで安着の喜びを報告できたら。

ゴールデンウィークの大斎原大鳥居、レンゲソウのお花が華やかに飾る。

その昔は大斎原に橋が架けられていなく、心身を清めるために熊野川を歩いて渡るのが参詣のマナーだったという。

別場所だけど熊野那智大社近くにある那智滝と三重塔こそ写真撮影スポット。

熊野速玉大社も回れば、熊野三社をコンプリートね。
装備
山男山女たちには装備だけで永遠に会話できるもの、参考までに私の主な装備を語っておこう。

最重要のシューズは、トレイルランニング用のペガサストレイル5を履きました。
300gの軽さを重視、そのくせ小石や砂利は弾き返し、濡れた地面に対してもなかなかのグリップ力、軽量派の私にはピッタリ。

バックパックの中身はほとんど食料。
モンベルのリゾッタが主食、味は劣るけど水でふやかして食べる、お湯沸かすバーナーとカセットコンロは軽量化のため割り切り。
パッケージの重さも認めないので、上記のようにジップロックに詰め替えます。

行動食はカロリーメイト、アミノバイタルと塩分チャージ、それからポカリの粉末が良い(ちょっと重いのが難点)。
この辺りのエネルギー補給にお金を惜しむと行動中が辛くなるので、ここは大量に持っていく、その分他で軽量化する。
持っていった主なもの
| シュラフ(ドライ シームレス ダウンハガー900 #3 ロング)650g | U.L.エアパッド 150、450g | バックパック25L モンベルフォトウォーカーバック | アルパイン カーボンポール アンチショック、210gx2本 |
| 防寒着としてダウンジャケット 着替え(パジャマ用の上下) | 水のソフトボトル4L分 | モバイルバッテリー40000mAh | カメラ(SONY α7CII + SEL40F25G)700g |
割り切ったもの
| ちゃんとしたテント(簡易ツェルトで代用、結局使わなかった) | バーナーとカセットコンロ | 枕 | ひげそり |
| 多くの着替え(最小限にした) | 三脚/シューティンググリップ | 現金の小銭(紙幣だけ持参) |
持っていったけど使わなかったもの(割り切ればよかった)
| 予備の懐中電灯(ヘッドライトは使った) | 浄水器 | 手袋 | 会社スマホ |

フルサイズカメラ(SONY α7CII)、単焦点レンズ(SEL40F25G)、C-PLフィルター。
ノースフェイスのエクスプローラーカメラバッグで肩掛けして懐で固定、邪魔だけどここは妥協しないのがカメラマン。
でもテンパって、最後気付いたら保護フィルターとC-PLフィルターを重ねて装着していた。。

熊野本宮大社到着の翌朝、大斎原大鳥居にて。
体重は64kg→62kgに減った、仕事/デジタルデドックスできた、ロングトレイルを達成できた、人生の迷いは晴れた。
スローシャッター1.3秒でブラして、このブログを見ていただいた皆さんへバイバイしてます、それでは大峯奥駈道100km踏破完了!
↑
「大峯奥駈道100km縦走」動画を、YouTubeにあげました!
こちらもCHECK
-

熊野那智の滝・三重塔の写真撮影スポット、大雲小雲取越
那智の滝 2026年5月1日 那智の滝と三重塔、この写真撮影スポットは、熊野の森の中で強い存在感を放っている。 日本文化の美しさを代表するこの風景写真をどれだけ自分納得レベルで撮れるか、さてどこがベス ...
続きを見る
こちらもCHECK
-

中辺路/熊野古道写真、牛馬童子口〜本宮大社25km歩き
中辺路 2011年5月2日 熊野古道とは、数ある参詣道の総称だから、これが熊野古道、というものはありません。 色々調べると、中辺路というコースが熊野古道のメイン、代表として扱われている。 熊野古道をな ...
続きを見る


