「落ち着いてやれば絶対できるから」
店長にそう優しく言われた時は逆にショックだった。
注文が殺到し過ぎて、仕事が全然回らなくなった居酒屋の厨房の焼き場。
慌てたバイトが焦がしてしまったつくねをお客様に出そうとして、
社員のチェックが入り、もう一度やり直しになった時、店長は少しも怒らずにそう言ってバイトを励ました。
酒飲みで、短気で、豪快な性格の店長。
忙し過ぎて誰もがカリカリしている時なのに、
バイトの若僧の無謀なミスにも動じることなく、そう言って逆にバイトを励ます方法を取った。
店長の性格を考えれば、怒って一喝のほうがよっぽど似合っているのに。
大体いつも細かいことで、ガミガミ叱ってばっかりだったじゃないか。
ただ怒られるよりもずっと強烈に意識に残った、その店長のメッセージ。
部下への愛情のある叱咤激励。
その一言だけでバイトの若僧は店長を尊敬し、
その後は店長のためならばどんな苦労も惜しまない忠実な部下となった。
小さなミスはいくら責めてもいい。
細かく言って、うるさく繰り返して、改善を促すべきだ。
ただし、大きなミスの時こそ、あえて不問に帰すべきではないか。
大きなミスをわざとやろうとする人はいない。
何らかの原因が重なって大きなミスが出てしまったその時は、
ミスした人を叱りつけることじゃなく、先輩や上司がフォローしてあげるだけでいい。
いつかそのバイトの若僧が大人になった時、店長のことを思い出して
自分の部下の大きなミスを救ってあげる日が来ると思うよ。
店長の剛直なイメージと、優しい一言のギャップに
若僧がやられただけかもしれないが、その逆説の一言で、一生の敬意が生まれた。
現状の最上 ビジネスマンの心に残る名言
「与えられた状況の中での、最上を取ればいい」
ある紳士は穏やかな口調でそう言った。
無理を通そうとゴネるのではない。
自分のことだけを主張してワガママを言い、多くの他人に迷惑をかけるのではない。
時間の流れるまま、縁が及ぶがまま、その時自分に与えられた状況をありのままに受け止め、その中でも許される範囲で最上のものを獲得しようと求める様には、美しさが漂っている。
あれはブラジルへの海外出張。
混んでいてキャンセル待ちからやっと取れてきたJALの予約。
でも座席番号が通路側も窓側も取れなくて、3人がけの真ん中の席という最悪のパターンしか指定できなかった。
申し訳なさそうにそれを告げてきた旅行会社の人に対して、
その紳士は感情を見せることなくあっさりと承諾してくれました。
「24時間以上の長距離フライトだが、他の航空会社の通路側よりもJALの真ん中席のほうがマシ。
与えられた状況の中での、最上を取ればいいから、これでいいよ」
あれはあなたのコロンビアへの海外赴任。
滅多に発生しない難しいビザだから、必要書類が一転二転して迷惑をかけてしまった。
最終的に当初の出発予定日から遅れることなくビザは取れたのだが、
案内の不備を詫びてきた旅行会社の人に対して、その紳士は言ってのけました。
「最終的に出発に間に合ったからいいよ、ありがとう」
あれは2001年のこと。
上村課長、あなたは確かに私にそう言ってくれました。
中庸の上とでも言うべきか。
こんな素敵な言葉を引き継いでゆきたくて、ここに残すよ。