滝山城の写真、遺構が良く保存された連郭式丘城の傑作、北条氏照

2024年1月4日

堀や馬出など土の城郭遺構は、写真を見てもさっぱり分からなくて、自分の目で見ないと伝わらない。

とはいえ、滝山城の良好な遺構保存状態、そして要塞化された丘城は、後北条氏(北条氏照)の築城技術が伝わる。

大手口と推測される天野坂からの堀底道が、もう恐怖の始まり、こんな所を進軍させられたら両脇の上から狙撃される。

コの字の土橋、これも恐怖の側面攻撃を受ける、それが実感できる保存状態だった。

千畳敷の広さ、平坦さ、ここは役所的な機能として使われていたとか。

千畳敷すぐに角馬出がはっきり残っていた、角の型式とっているのが北条流築城術でしたね。

二の丸こそが滝山城の最重要防衛要塞でしたね、3つの虎口全てに馬出があった。

滝山城の写真

二の丸から本丸への大堀切には引き橋という木橋があった、敵が押し寄せてきたらこの橋を壊せば本丸に入れない。

土と木の地味な滝山城、主役の存在がこの引橋(ひきはし)。

滝山城の写真

尾根続きの本丸→二の丸だから、大堀切と引き橋で防衛機能を作ったのか。

本丸入り口の枡形虎口、冬で下草が少ないこともあって、まぁはっきりと形跡が目視できた。

滝山城の写真

滝山城址本丸は、そんな広くない空間に平坦なスペース、この迷宮のような要塞のゴール。

本丸の神社、こんな場所にも神を呼ぶのが日本人の心。

神社から本丸を見る、北条氏照(北条氏康の三男)がきっとここにいた。

搦手口から一帯を見る、この滝山城の丘陵が小高くなっており、城を構えるにはうってつけ。

二の丸の東馬出のあたり、今でもこの深さと幅の堀なのだから、当時はもっとだろう。

大馬出の広さ、なんだかとても機能的な防衛施設に感じる。

恐るべし滝山城の城郭施設とはっきりと感じた、こんなに計画された大規模な城郭、落城させるのにどれだけの損害が。

東京都八王子市にある滝山城、流石の続100名城、中世城郭の最高傑作と言われることに納得でした。

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